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「やー、史香は今日も可愛いよなぁ」
中学と高校の校舎前で別れ、僕と直也の二人になると、当の史香をさんざん怒らせた張本人はいけしゃあしゃあとそう言ってのけた。
「しみじみ思うが性格悪いなお前」
「ばっかお前、あれはツンデレ返しだよ。向こうが一向にデレないからからこっちも対抗してあえてツンツンさせる的な」
「それ意図的に怒らせておちょくって楽しんでるだけだろ……」
「ふ、これも愛ゆえにさ。一生懸命怒る史香は可愛いからなぁ」
芝居がかって毎度さらっとそう言ってのけるものだから、本気で言ってるのかは今もって僕にはまったく解らない。
直也が史香を気に入っていることだけは確かなようだが。
「……まあ史香を弄るのは構わんが由子に迷惑はかけんなよ?」
「それは俺も思わんでもない。でもこう、史香のやつ最近耐性ついてきてユコちゃん関連でしかキレてくんないんだよな」
「耐性付くほど弄り倒すからだろ……つーか普通に仲良くできんのか」
「それじゃ面白くないだろ。やっぱこう、ダメとOKの境界線を狙うのがスリリングでいいんだよ」
「……いや、お前完全にダメだからな?」
「いんや、ああ見えて史香的には意外と大丈夫だ。あいつとはそこそこの付き合いだからな。そこら辺は熟知している」
キメ顔でそう言えるこいつは相当にアレだと思うが、ここまでされて今日の今日まで一緒にいる史香の方も相当だ。
「……つくづく妙な関係だよな。お前ら」
「そうか? ごく普通のライバル同士だと思うぞ」
「その“ライバル”を完全におもちゃにしてる奴がよく言う……」
「おもちゃじゃねぇよ。――愛玩対象だ」
「ぜんぜん意味変わってないからなそれ」
「ライバルとして正々堂々、全力で愛でてるんだ」
「……ああ。うん、もう疲れたからそういうことでいいや」
こいつはどうしてこう……
*
「先輩はどうしてそう奇特なんですかね」
「ふみちゃんそれ直球……」
午前の授業を終え、昼休み。
仲津原大学構内の大食堂にて、僕ら四人は再び顔を合せていた。
――ここ、仲津原付属中学、高校に籍を置く僕たちの場合、昼食の供給元となるのは校内にある購買の他、仲津原大学内にある大食堂となる。
仲津原の付属中高生は、大学の食堂の使用が許可されている。と言うより、大学側の席数など規模が巨大化されることで中高と共用というのが実態のようだった。
そういうことで、普通の大学よりも大きいと評判の規模相応の人数が学食に押しかけることとなり、結果として席取りが地獄であるのはどこの世も変わらない、ということになる。
ことに冬……今のように、テラス席が実質使用不能になると、大学との時間割の兼ね合いから中高生にとって学食の席取り合戦は相当に苛烈となる。
そんな死闘の末、ようやっと確保した席で――
「はははっ。ケータお前奇特だってよ。良かったな」
「おいこらさらっと他人に十字架を押し付けんな奇人」
ジト目の史香と、それに対し悪びれもせず嫌味なほど爽やかな笑顔を見せる直也。
それを生暖かく見守りつつ、僕と由子はそれぞれの昼食をつついている。
「ったく心外だなぁ。俺はごく平均的高校生なのに。あ、ふみちゃん『USAまん』食う?」
「あーもう、だからふみちゃん言うな……って可愛いですねこれ」
直也が手にとって見せたのは、主食の丼とあわせて買っていた肉まんの生地に包まれている『
生地に焼印で、ウサギのイラストがプリントされている。
「わ、本当、可愛いです。これウサギさんですよね?」
覗きこんだ由子も嬉しそうに……っていや可愛いのかこれ?
妙なヒーロー的スーツを着て世界を股にかけつつ星条旗を振りかざしてアメコミ調の濃ゆい笑い方してるんだがこのウサギ。
「ああ。今回の食堂のフェアの特別製品だよ。せっかくだし史香、一口食ってみ?」
「この食堂のフェアって言うとあんまりいい思い出がないんですが……」
「大丈夫。俺はいっぺん食って美味かったし」
「むーそう言うなら……では、失礼して――あむ」
直也が手で突き出した『USAまん』に直接かぶりつく史香。
……見ようによっては非常に無防備というか何というかな光景であるが、本人たちは気にしていないようなので僕はノーコメントで。
「んぐんぐ……――んぐ!?」
大胆に一口頬張った史香だったが、咀嚼し始めて即座にその表情が変わる。
慌てたように口を抑え、苦悶の表情でなんとか飲み込んだ所で持っていたお茶を流しこみ、
「何ですかこれ!? 油と脂がなんとも言えないぬちょどろっとしたハーモニーを!!」
「うん。だからUSAまんだって」
「いやそうでなくって中身! 具は一体なんなんですか!?」
「んー? アメリカン・スペシャルとしか書いてなかったからよく解からん」
「解からんって……こんなのが美味しかったっていうんですか先輩は!?」
「ああ。この
「間違いなく胃に悪いですよこんなん食べたら……」
「残り食う?」
「要りません」
「そか? んじゃあ俺が食うけど」
そう言って食べようと手元にUSAまんを戻した直也だが、そこで「あ」と思い出したようにつぶやき、
「これって残ったとこ食ったら間接キスに?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」
その一言で史香の頬があっという間に真っ赤に茹で上がった。
そのまま史香は口をパクパクさせながら宙で腕を彷徨わせながらはわはわ言い、
「はっ、半分!」
そう言って直也の手からUSAまんをひったくり、半分に割って、
「私がかじった部分は自分で食べます! それでいいですか!?」
「うん。もちろん。どうぞどうぞ」
史香は言いながら有無を言わせない勢いで残りを一気に口に突っ込んだが、対する直也は嬉しそうにニマニマしながらそれを見ていて。
心底楽しんでる顔だアレは……
と言うより、この二人は相変わらずというかなんというか。
「うえぇ胸焼けしそう……」
「あはは……ふみちゃん、大丈夫?」
史香は、何でこんなのと一緒にいるんだろうか。
……まあ、僕にはよくわからない何かがあるんだろうなと納得しておくことにする。
僕は僕で食事に専念することにしよう、そう思ってずびずびと麺をすすっていると、
「そういえば、せんぱいの食べてるのは何です?」
由子が悶える史香の背をさすりながら、僕が食べていたものに興味を示した。
「あ、俺も気になってたんだ。それ、USAまんと同じフェアのラーメンだよな?」
「ああ。期間限定アメリカンフェアの商品で――」
業務用とんこつラーメンにフライドチキンとフライドポテトがやけくそ気味にブチ込まれた、至極
その名も、
「アメリカン・ラーメン。略して『アーメン』だそうだ」
……猛スピードでポテトがとんこつ汁を吸ってしんなり崩れ出してるんだがどう考えても設計ミスだろこのレシピ。
というかアメリカンフェアで何故ラーメンをチョイスした。
「私、せんぱいたちのご飯見てて思うんですが、ここのフェアって毎回結構……その、スゴイですよね?」
「素直に頭おかしいって言っていいと思うぞ」
「あはは……」
毎回フェアと言う割に全く売る気のないメニューが揃うのはこの食堂ぐらいだろう。
「そういや6月頃の『テスト直前! 神頼みフェア』も相当酷かったな」
「アレは傑作だったなぁ。『キリストの血と肉セット』って名前でぶどうジュースとコッペパンのセット出したり、『簡単ラマダンセット』とか煽り文付けてミネラルウォーター箱で安売りしてたり」
「逆に『ブッダ感涙! 悟りのミルクがゆ』とかは当時の味再現しすぎてクソマズかった……」
あれは断食後に食ったから感涙したのであって飽食万歳現代っ子にはキツイ一品だろう。
毎度思うがこの食堂は力の入れるところを間違ってる気がする。
「あのフェアだと、私は『お賽銭チョコ』買いましたよ。ラベル貼っただけの5円チョコですけど」
「それが賢明だろうな。ここの大食堂のオリジナル料理に手を付けたら脳がやられる」
そう言いながら僕は大食堂謹製オリジナル料理『アーメン』をズルズルとすすっているが。
「他にラベルの張替え系メニューってーと、あれか。俺が食ったのは『仏陀丼』に名前が変わっただけの豚丼とか、祈祷オプションが付いた『勝つ丼』とかだね」
「ああ、食堂のおばちゃんが祓い棒振り回しながらイタコさんばりに『キエエエエ』とかやってた奴な」
振り回した祓い棒にガスコンロの火が引火して火事になりかけて早々に中止になったけど。
「せんぱい方お二人が頑張ってらしたのだと、『バベルの塔盛り』ってご飯が高々と盛られたチャーハンとかありましたよね?」
「僕と直也が挑んだあれか――味と物量の二重の意味で食えたもんじゃなかった」
「……あー、マジどうやって食いきったか記憶にねーわそれ。ユコちゃんたちにも手伝ってもらったっけ?」
「はい、最終的にふみちゃんと私も応援に入って、お昼休み中にギリギリで何とか完食出来ましたよね」
「そうだった……気もするな」
男子二人は二人して瀕死だったので記憶が曖昧だった。
「他には何でしたっけ? 一時期ホラーフェアで肉うどんがなぜか『わんこうどん』になってたのとか」
「メニューの横にチワワの写真載せる徹底ぶりだったからな……しかも血文字風に『美味しく食べてね……』って文字入りで」
つぶらな瞳でこっちを見つめる写真の横に『わんこうどん』。しかも出てくるうどんに乗った肉は、牛肉から馴染みのない肉に変わっていて――
「どうせ牛肉だろって騒いでた別の席の男の子たちが急に静かになったのが印象的でした……」
「ホラーと言うより遠回しなスプラッターだったな。……で、アレは結局何の肉だったんだろう」
せめて羊か馬か猪か鹿かその辺りであって欲しいんだが。食用でもガチで犬肉が乗ってたら嫌すぎる。
「そういえば、ホラーフェアでせんぱい方が食べてらした『魔界カレー』って、結局どんな味がしたんですか?」
「魔界の味」「カレーでない何か」
「あはは……」
色も毒々しい紫だったし、一体何を混ぜたらあんなものが出来上がるのか。
しかも吐くほどマズイわけではなく、食えないこともないマズさに抑えてあるあたりが恐ろしい。
「その辺も含めて、ホラーフェアは間違いなく食欲減退させる嫌がらせフェアだったな……」
「それでも新しいフェアの度に果敢に挑戦されるんですから先輩方はスゴイです」
「……そういうのを世の中では『懲りない馬鹿』とか『悪食家』っていうのよ」
「お、史香が復活した」
「ははは、それは違うよ史香ちゃん――俺達は好奇心に生きる冒険者さ」
「先輩はただの悪食家ですよ。よくもまぁあんな油でギットギトのゲルまんじゅうが美味しいとか――どうかしてます!」
『USAまん』は史香の中で『ゲルまんじゅう』となったらしい。
「そう? 俺もちゃんと『魔界カレー』とか『シェキなベイベー』あたりで悶絶してるよ?」
ちなみに直也の言う『シェキなベイベー』とは10月の『音楽の秋』フェアで出された玉虫色のミルクセーキ。僕も食べたが混沌の味がした。
「や、それ以外も十分奇食ですって……」
「今回だとケータの食ってる『アーメン』は結構まともだと思うけどな。まだ食べ物の範疇だ」
「食堂のメニューの評価基準が食べ物かどうかって時点でどうかと思いますよ私は……」
そりゃそうだ、と僕も史香に同意する。でも、
「そのスリルが逆にこう、何とも冒険心をくすぐるんだよな。不思議と」
「だよな。ケータの言うとおり」
「ああ二人揃ってダメだこの先輩共……」
ぬおお、と頭を抱える史香。確かにこう見ているとリアクションの楽しい子だ。
「あはは……でも私は楽しいと思いますよ」
騒がしくて、面白い、素敵な時間です。そう言って由子はほんとうに嬉しそうに、ふわっと微笑み――
「よっし。じゃあそんなフロンティアスピリッツの体現者ユコちゃんには『USAまん』を進呈しよう」
言質とったぞ、と言わんばかりの笑顔で直也が『USAまん』を由子につきだした。
ちょうどまだ口をつけていなかったらしい、史香と分けた残り半分。
「ふ、ふぇええ!?」
「ふみちゃんと半分こだぞ。ほれほれ」
「え、……あ、ご厚意はありがたいですが、私は謹んで遠慮したいといいますか……」
「大丈夫だ由子。――楽しいぞ?」
「ふ、ふえええ!? せんぱいっ、今日はそっち側なんですか!?」
「ああうん。さっき『楽しい』って言ったしな。せっかくだし全力で楽しんでもらおう」
なんとなく由子のリアクションが見てみたくなったし、というのは秘密で。
「って――そんな変な理屈で化学兵器をゆこに食わせないでくださいっ!」
すかさず史香が抗議するも、
「あ、じゃあふみちゃん食う?」
「え、あはは……そ、それはちょっと――」
直也の嫌な笑顔で史香が一瞬凍りつき、
「隙あり――ほれ、ぱくっと」
「へ、ちょっ――むぐ――ん〜〜〜〜〜!?」
「ああ、ゆこっ! ゆこーー!?」
「ひう……」
「……生きてるかー?」
そんな感じに、僕達のお昼休みは過ぎていった。