◆其ノ七
「満天の星空の世界へようこそ!」
まるで敵サイドのように。たかおかは両手を広げ、二匹の鬼を歓迎した。
「ボクはたかおか=メイオー。キミ達の名前も教えてくれないかな?」
鬼達は警戒しつつ互いに目を合わせる。
「……
死鬼
が一体、
冬鬼
」
「同じく、
夏鬼
」
「お姉さんが冬でお嬢ちゃんが夏か〜、見た目通りの名前だね! さあて、三人で良いことしよう。ぐふふふふふううう!!」
「……せっかくのご招待だけど、あたくし達、早くこの結界から出て、任務を遂行しなきゃならないの」
そう、ここはたかおかが作り出した結界の中だった。たかおかの中の力を存分に発揮できる空間だ。しかし当のたかおかは戦う素振りをまったく見せない。殺気はおろか、闘気すら放っていないのだ。
「やっだなあフユちゃん。ボクはキミ達を痛めつけるためにここに留めているわけじゃないんだよ」
「何よ、そのフユちゃんって!!」
「だまりんしゃいな、フユちゃん」
「あんたこそ何影響されてんのよ!!」
きゃんきゃんとわめく冬鬼とは対照的に、夏鬼は落ち着いている。どうやら中身は見た目と真逆らしい。
「痛めつけるんとちゃうなら、なんであてらを引き止めたんや」
「交渉、ってやつだよ。カッキー」
夏鬼に対する呼称については、あえてスルーする。
「交渉? そんなもの、受けると思っているのかしら」
「思うさ。別に悪くない縁談だと思うよ」
たかおかが怪しく笑う。
「……ええじゃろう、ゆうてみ」
「ちょっと、夏鬼!!」
冬鬼はきぃきぃと甲高い声をあげた。
「聞くだけじゃ」
「ありがとうね、カッキー。えっとね、ボク達のパーティーにユリって子とマイって子がいるんだけど、二人を見逃してほしいんだ」
「ほう、それで? おまんは何を払ってくれるとゆーんじゃ?」
夏鬼は小首をかしげる。その仕草は、後頭部の角さえ見えなければ少女そのものだ。
「ボクの……ユピタ族最後の生き残り、たかおか=メイオーの想い出を持っていくがいい」
たかおかの覚悟―――というより、“ユピタ族”というワードに、冬鬼が反応する。
「ユピタ族……ああ、あの人間のくせに殺戮狂いの戦闘民族ね。まだ生き残りがいたの?」
「殺戮狂いとは失敬な。せめて“戦闘マニア”にしてよ」
どうでもいい、と夏鬼がつぶやく。
「せっかくの提案だけど、受けるわけにはいかないわ。戦闘民族に想い出なんてろくに入ってなさそうだしね。それより、ゴマァブーラ様の命令を遂行させなきゃいけないの。だから……」
手の中に生成された氷の剣をたかおかの喉もとにあてがう冬鬼。
「さっさとここから出しなさい」
「交渉決裂、か……」
たかおかはやれやれと溜息をつく。
「なら、ボクも頑張っちゃおうかな」
氷の剣を直に握り、血を流す。
血は星の光に照らされ、美しく光り輝いた。
「
星光
、発動」
「へえ、たかちゃん一人で戦ってるんだ。乙」
私の背中で目覚めたエマエダさんに一通り説明したら、返ってきた言葉がこれだ。ちなみに私が背負っていたのは、けっしてハルアキの身長が小さくて背負えな……ではなく、力を使いすぎて元の世界に帰る前に消滅してしまうのを防ぐためだ、うん。
「いくらなんでも、もう少し心配するところなんじゃないか?」
「シュリーネさんは心配しすぎ。私もシュリーネさんに対しては人のこと言えないけど、信じてるから行かせたんでしょ?」
「それはそうだが……」
「何が信用できないの? たかちゃんの強さ? たかちゃんの中の衝動?」
「どっちも信じている。だから頼りたい。けれど、私の見ていないところで彼が傷つくのは嫌なんだ」
私の言葉を聞いた彼女はその発想はなかった、という風にしばし沈黙し、心なしか声のトーンを数段上げて再び口を開いた。
「……本当にいい人だなーシュリーネさん! ……それ、逆。免疫抗体然り、必ず破れる初恋然り。どんなものであれ、それは必ず軌跡となる。傷つくなって方がムリ!あんなのいくらでも爆散させとけ!」
明るく笑いながら何気に物騒なことを言い放つエマエダさん。ば、爆散ってあんた……それモロ死んでしまうぞ。何か恨みでもあるのか……? いや、心当たりはありすぎるんだが……。どうしよう、たかおかさんがちょっとかわいそうになってきた……。頭の中身以外も……。
「大丈夫だって。あれはどんな仕打ちを受けても喜ぶド変態なんだから。文字通り出血が大サービスぐらいに考えとかなきゃ身が持たないよー? もし死んだって、元気の●けらとか復活草でも与えたら生き返りそうじゃん。あんなリーズナブルな物件は他にいない!」
それはあんまりじゃないか、と私が言いかけると、エマエダさんが先に答えた。
「それが、うちらの知ってる“たかおか=メイオー”でしょ」
……そう、だな。
そうだった。どんな形であれ、たかおかさんはたかおかさんだ。信じてやれず、どうする。エマエダさんだって、たかおかさんを信じているから安心して酷い扱いができる、ボロクソにだって言えるんだ。……だよね……?……うん、多分そう、だと思う。
「じゃあさっさとラスボスまで飛ばしますか。……ハルアキ、すぐ帰れると思うなよ」
「……ですよねー……。どうせそうだろうと思ってましたよ……」
力なく答える彼の目には、ちょっぴり涙が滲んでいた……。ハルアキ……乙。
星光を発動させてから、たかおかの動きが変わった。
放つ技、放つ技が一つも当らない。
星の瞬く間……否、それよりも速いかもしれない。たかおかの動きは、まさに光速。
「ちょこまかと……」
冬鬼がもう一度ダークブリザードを放つも、すべてかわしてみせている。ところどころに積もった雪と氷が、星の光を乱反射させて美しい。
しかし、たかおかという男は何を考えているのか。一度も攻撃をしかけてこないのだ。催眠魔法を唱えたり、地味な魔法は使ってくるのだが。
「なんで、攻撃しないのよ! 真面目にやんなさい!!」
「だから言ってるじゃん。ボクはキミ達を傷つける気なんてないんだって」
たかおかは手を振りながら冬鬼の攻撃を尚もかわし続ける。まるで力を出し惜しみしているかのように。
腹が立つ。その鬱憤がどんどん冬鬼の中で蓄積されていった。
「約束なんだ」
「約束ぅ?」
技をかわしつつ、言葉を交わす。
「ボクはもう、この血に流れた力に飲み込まれない。正しい使い方をするって約束したんだ」
「……」
「だから、この力でキミ達を止めてみせる」
「そう、なの……」
冬鬼の攻撃がやんだ。
わかってくれるとは思っていなかったため、さすがにたかおかも戸惑いつつ笑ってみせた。
殺すことなく、自身の想い出だけで諦めてくれるのが、たかおかの望みだった。中途半端に攻撃されるよりは……。
「うん、だから……頼むよ」
真面目な顔で、頭をさげる。
それと同時に、冬鬼も氷の剣をおろした。
わかってくれた、とたかおかは喜んだ。
喜んで良い、と信じて油断してしまった。
「本当に甘く見てくれるわね」
ざしゅ
時が止まったように思えた。
背中から左胸にかかる鋭い痛み。
そこから熱が、広がり始める。
まずい。これは最悪のパターンだ。
「あ……れ……?」
たかおかの笑顔が凍りつく。
どくどくととめどなく赤黒い血液が流れる。
溢れ出して、止まらない。
「あ……あ……」
あふれ出てくるのは、本当に血か?
「あたくし達
死鬼
をなめくさってるから、そうなんのよ」
「フユちゃんはよ仕事仕事」
「わかってるわよ。あとフユちゃんって呼ばないで」
氷の刃をぬき、冷たい手をたかおかの左胸にかざす。
「ちんけだろーけど……望み通りあんたの想い出、根こそぎ頂戴するわ」
「ま……待って、この状態で抜かれたら……」
しゅわわわわわわわ!!
青い光がたかおかから大量に出ていく。血と対になったその色は、冬鬼に吸い込まれていく。
「……!! ……!! ……………」
(最悪だ。やってしまった。ふざけすぎた。)
(動け……意識を閉ざすな。)
(うご……。……。)
やがて光を全て出し尽くし、たかおかはその場に崩れ落ちた。
同時に心音も止まった
「けったいなやつじゃったが、所詮は人間やな」
「そうね。じゃあ、さっさと行きましょう」
冬鬼と夏鬼は活きの良い想い出を手土産に、ゴマァブーラへの報告に向かおうとしていた。
「ああ……」
ドクンと心臓がはねあがったのは、冬鬼でも夏鬼でもなかった。
「うそ……」
「ああああああああああああああああああああああああああ!!」
想い出を奪い、尚且つとどめをさしたはずのたかおか=メイオー
は立ち上がり叫び、にたりと笑っていた。
「あんた、本当に人間……?」
「……」
冬鬼は鬼にもかかわらず背筋を凍らせた。
たかおかの眼は黒く濁り、全てのものを吸い尽くすブラックホールのようにも見える。
「よくあるこっちゃ。想い出抜かれて完全にいかれとるみたいやな」
夏鬼は身の丈ほどもある槍を構え、先端に炎を点火する。
「めんどくさいけど、始末せなしゃーないな」
「……ああ」
嬉しそうに跳ねて攻撃を待ち構えるたかおか。
(なめよって!!)
次の瞬間、夏鬼の炎の槍が、先の氷の刃のごとくたかおかを貫く―――はずだった。
「あはあ」
たかおかは槍の先端を炎もろとも握り、止めてみせた。熱さなど関係ない。握れるものだから、握ってみせていた。
「こんのいかれ野郎が……っ」
槍を引き抜こうにも、びくともしない。その動作に気をとられ、たかおかの次なる攻撃に気が付かなかった。
「とんでけ」
ぎゅわあああああああああっ!!
星の力を借りた光の弾が夏鬼の腹をえぐり、勢いそのまま遠方へと飛ばす。
その様子を見てきゃっきゃと幼く笑い、手をたたく。
「もっかい」
投げたモノを取りに行こうとする。しかしそれを阻む者がいた。
「人間風情が、鬼をオモチャにしてんじゃないわよ!!」
形相を変えた冬鬼の猛烈な剣技がたかおかを襲う。それは仲間を想う気持ちにも思えた。鬼らしくない鬼ども。自身の知れたことではないが、たかおかは愉快極まりなかった。
しかしその機嫌も、冬鬼の顔が近づいた時には一変した。
「おかあさん」
「……はあ?」
急に何を、と冬鬼の思考が停止してしまった。
その隙に、たかおかは冬鬼に抱きつく。
「おかあさん、おかあさん」
「ちょっ……何よアンタ! は、離しなさいよ!!」
ずしゃっ! ずしゃっ!
冬鬼は何度もたかおかに刃を突き刺すが、その傷もすぐに癒えて殺せない。
「おかあさん」
たかおかは冬鬼を押し倒し、剣を取り上げ、馬乗りになった。
「おかあさん」
「ひっ……」
その眼差しにおののき逃れようとするが、動けない。
「……ボクを産んでおいて壊した、おかあさん」
ぐちゅっ! ……ぐちゅぐちゅっ!!!
冬鬼の氷の刃が、持ち主の下腹部を貫いた。
「―――! ――――――!!!!!!!!!!」
声にならない声で叫び続ける冬鬼。
鬼ではあるが人体構造は同じらしい。相手の意識を残したまま内蔵をかき分け、生殖器―――子宮を見つけると、何度も何度も突き刺した。
「なんで産んだの。なんで産んだの。なんで産んだの。なんで? なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……」
言葉とは裏腹に、たかおかは恍惚の表情を浮かべていた。肉を斬る理由なぞ必要なかったのだが、あえて理性があるように振舞っていた。兎にも角にも血が見たい。肉を斬りたい。苦痛の喘ぎ声を作業用BGMに、永遠に弄り回していたい。
自身の傷は癒える。相手の傷は増えていく。面白い。
完全なる
殺傷中毒
に呑み込まれ、化物と化していた。
「やめ……やめろ……」
仲間を救いたいという意志が彼女にもあるのか、はたまたそうでないのか。夏鬼は身を引きずりながらもたかおかの行動を制しようとする。
「人間のくせに、そんな、グロいもん見せよって……!!」
「じゃま」
しゅうううううううううううどごおおおおおおお!!
ようやく近くへと辿りついた途端、夏鬼は再びたかおかの魔力弾にはじき飛ばされる。
もっと、もっと、もっと、もっと。
ざしゅっざしゅっ!!
もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと!!
「……」
冬鬼が、完全に事切れた。その時だった。
しゅうううううううううううう冬鬼から大量の光が漏れ、春鬼と同様に塵と化していく。
どくん。
光の一部がたかおかの中に入り、心音が、再び高鳴る。
どくんどくんどくんどくん!!
「……あ……れ……」
目が、次第に光を取り戻していく。
『今回のこと、自分ではどう想うんだ、たかおかさん』
『……わかんない』
『わかんない、じゃない。おまえは学校にいる何百人という人を傷つけたんだぞ』
『エマエダさんの言うとおりだ。あんたは許されないことをしてしまった』
『だって……これは癖みたいなもので、治しようがないんだもの』
『……シュリーネさんは、おまえを信じて喧嘩したんだよ? どうも思わないわけ?』
『わかんない』
二人の少女は、たかおかの手をとり、訴え続ける。
『じゃあ、このままで良いのか? あんたがそうでいる限り、あんたは一人ぼっちだ』
『……嫌だ』
『だろ? じゃあ、治そうと努力すれば良い』
『そんな簡単な話じゃないよ。血に呑み込まれたら、抗えないもの』
『そうだ。簡単じゃない。それに加え今回含めて、おまえは人を傷つけた業を背負わなければならない』
『……』
『それに向き合って努力するのであれば……私はあんたの友人でい続ける』
『……本当?』
『ああ、うちも付き合ってやんよ。そのかわり、おまえも死に物狂いて戦い続けるんだ。自分自身と』
『……約束だよ』
『うん! ありがとう。ユリちゃん、マイちゃん!』
「あ……」
想い出を取り戻し、ようやく自身の業に気がついた。
両手に塗りたくられた血液までは塵になることはなかった。
「ちょっと……待ってよ……ボクはこんなことするつもりじゃ……」
未だ消えずにその場でぐったりと倒れていた夏鬼は、血を吐きながら溜息をつく。慌ててその場にたかおかは駆け寄った。
「ねえ、死なないでよ……」
「……」
「約束、したんだ。ボク、あの時のままでいたくないんだ……楽しんだわけじゃない……そんなの、ユリちゃん達に嫌われちゃう」
たかおかにとっては……善悪など二の次どころか知ったことではなかった。ただ数少ない友人との約束を守り、いかに嫌われないか―――それだけだった。
「何を今更……おまんは……人間しておくんは惜しい……完璧なバケモンじゃった……よ」
手の中で静かに消えていく夏鬼。蒼く光る想い出も、静かに開放されていった。
「……」
まばゆい星空の下。愚かな男は一人、怯えていた。自身の衝動に。友に嫌われることに。
約束の本意に気づくのは……まだ先のことであった。
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