◆其ノ八
「ここが……ゴマァブーラの居る部屋だな」
長い長い廊下を渡り、私達はまがまがしい氣をまとった巨大な扉の前にたどり着いた。
「アベハル、トラップは?」
「……罠・
呪
”の類いは、おそらくないかと」
ただ、とハルアキは続けながら手を伸ばし、扉に触れようとする。しかし、その手はパシィン……と音を立てて何かに弾かれてしまった。私の見間違いでなければ、手が弾かれる瞬間、一瞬だけ確かに壁のようなものが見えた。これは……。
「……結界ですね。コレ張った先客でもいるんでしょう」
「そうか。じゃあ、なんとかしろ」
「何とかってあんたな……。私を一体何だと思ってんだ……。わたしゃ何でもかんでもできる訳じゃないんです、ここまでくると原理構成が違いすぎて陰陽道じゃ完全に専門外……」
彼が台詞を言い終わらない内に、エマエダさんはルーズリーフにシャープペンシルで素早く何かを書き足した。
「一時的にできるようにした。やれ」
「ええー何じゃそりゃ……。きったねぇ……」
……本当に何でもありなんだな。もちろん自分にかかる負担もあるのだろうけど。
ハルアキの力で結界を破り、私達は意を決して扉を開けた。
途端、あまりの重圧に目眩がした。空間は絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたかのような色に染められ、堪えようのない吐き気を誘う。くっ……。何だ、コレは……! まともに、息ができない。立っていることさえ、ままならない……ッ!
「っ……晴明……ッ」
「……ええ」
ハルアキが何事か呟き始める。それは、私には聞き取ることのできない異界の
呪言
とこの世界の魔術言語が混ざり合った、神秘的な術式だった。これが、さっきエマエダさんが追加した設定……。陰陽道だけじゃなく、術系統の違うこの世界での
理
”にも対応できるようにしたのか……!彼が
言霊
を繰るごとに、辺りの淀み濁っていた氣が澄んだ清水のように再び巡っていくのを感じる。それに伴って呼吸も楽になっていった。……凄いな本当に。
「カヌチスさんは……?」
私達は部屋を注意深く見渡し、勇者……もとい刀鍛冶を探す。
ふと私の視界に、一人の男の姿が入った。
「カヌチスさん!」
私の呼ぶ声に、カヌチスさんはこちらを向いた。
「おまえ達か……」
「良かった……無事だったんだな!」
私はカヌチスさんに駆け寄った。見ればカヌチスさん一人のようだ。ボロボロの体を見る限り、戦闘は終了したようだ。悔しいが、なんて強さなんだろう。
私達が来る意味をなくしてしまったが、無事にこした事はない。……だが、一つ気がかりがある。
「ブルー・メモリーはどうしたんだ?」
カヌチスは無言のまま、懐から何かを取り出した。黒く濁ってはいるが、これがブルー・メモリーのようだ。なんだ、エルジュさんが心配せずとも、無事なんじゃないか。
「シュリーネさん!!」
エマエダさんの突然の叫びが理解できず、思わず後ろに下がった。
シュッ!!
横髪が何束かはらりと落ち、頬に鋭い痛みを感じた。
「カヌチス……さん?」
「く……くくく……ははははははは! おまえ達が来るのを待っていたぞ!!」
刀に滴る血を嘗めとり、高笑いを見せるカヌチスさん。
否……カヌチスさんじゃない!!
「貴様は誰だ!?」
「我はゴマァブーラ……鬼人王ゴマァブーラ。今は勇者カヌチスと名乗っても差し支えないのだがね」
「なっ……どういうことだ!!」
「身体をいただいたのだよ。想い出を奪われ、廃人となった彼からね」
そんな……カヌチスさんまでやられてしまったというのか……!?
「どうりで、うちの想い出が戻ってきてないわけだわ……」
対峙する私達を余所に、何かに気付いたような素振りを見せるゴマァブーラ。
「あぁ……ちょうど戻ってきたようだ」
部屋の奥から現れたのは、先ほど逃げて行った秋鬼ともう一人は……驚くべき人物だった。
「エルジュさん……っ!?」
エルジュさんは黒いドレスに身を包み、ゴマァブーラに寄り添った。奇しくも身体がカヌチスさんだからか、お似合いに見える。
「紹介しよう。妻のエルジュだ」
「な……っ!?」
妻……だと?
「……うちら、見事に釣られちゃったみたいだね……」
エマエダさんは頭を抱えて首を振る。
確かにエルジュさんの行動はどれも都合が良く、状況についてあまりにも詳しすぎた。だけど……。
「なぜだ……なぜなんだ、エルジュさん!!」
「……ごめんなさい」
何を聞いても無駄のようだ。畜生。
「おまえのことは聞いたぞ、ユリ=シュリーネ=アッサム。なんでも濃厚な想い出を持っているそうだな。海老で鯛を釣るとは、まさにこの事」
カヌチスの手に握られたブルー・メモリーが怪しく光る。
「エマエダさん。あのブルー・メモリー……浄化はできそうか?」
「あの邪気でしょ? ……正直わからない。晴明の設定をいじったとして、うちの魔力が持つかどうか……。まぁ、やってみる価値はあるよ」
無駄だと思っているのか、私達の会話など興味なさげに喉を鳴らすゴマァブーラ。
「……魔法石が食事をしたいと鳴いている。さぁ、頂こうか」
私は危機を察し、後退りした。
「……やはり、一筋縄ではいかないか」
グニャリとカヌチスさんの顔を歪ませて笑い、ゴマァブーラは刀を構え直す。刃はみるみるうちに、黒く染まっていく。
「これが……勇者の打った刀。なるほど、持ち主の力を引き出しているわけか。実に面白い……」
「……」
エマエダさんはハルアキに目をやり、戦闘体勢に移る。私も、たかおかさんから借りたサバイバルナイフを構えた。
「そのような錆びたナイフと中途半端な召喚術で、我に敵うとでも?」
たしかに相手は人間の身体を乗っ取っているし、エルジュさんは何を考えているのかわからない。劣勢なのは目に見えている。
……だが。だからと言って、諦めるわけにはいかない。
「貴様をカヌチスさんの身体から追い出し、抹消する!!」
「できると思うのか?」
ゴマァブーラが刀を大きく振り被る殺那、エマエダさんが司るハルアキが呪符を飛ばそうとする―――が。
「ふぉーるふぉーるふぉる! てめぇの相手は俺様よォ!」
「……逃げたくせに」
エマエダさんは溜息をつきつつ、何百匹にも分裂した秋鬼に向かう。二手に分けられたか……等と考える余裕などなかった。
「余所見をしている場合ではないぞ!!」
かきぃぃぃぃん!!
ゴマァブーラの刀と私のサバイバルナイフが噛み合う。刃の長さもあり、完全に押されている。
「女剣士と聞いたが……剣はどうした、剣は!」
「……」
奴はきっと知っている。私の剣が折れていることを。
「はぁっ!!」
私は刀を振りほどき、力いっぱいナイフをゴマァブーラ目掛けて突き立てる―――ことができなかった。
切れないサバイバルナイフだとわかっているからか。それともその身体がカヌチスさんのものだからか。腕が身を裂くことを拒否する。
「おやおや、情けない……その覚悟で祖国を取り戻そうとしているのだから、お笑いだ」
「ッ……!」
なぜその事を知っているのか。カヌチスさんの記憶を辿ったのかもしれないし、エルジュさんから聞いたのかもしれない。しかし私の脳裏によぎったのは、ただ一つ。
「貴様……やはりプフェッファーの手下か!?」
「プフェッファー……?」
「……シュリーネさん……言うかどうかず〜っと迷ってたけど……今回の件、多分プフェッファー関係ない」
ハルアキを駆使しつつ、エマエダさんは冷静に私に告げた。
……え、そうなの!?
「ふ、ふふふ……」
「何がおかしい!?」
「いえ、縁を感じただけだ……あながち無関係ではないぞ、ユリ=シュリーネ=アッサム」
「……うっそん」
ぽかんと口を開けるエマエダさん。そんなに意外なことだったのだろうか。
「……どういう意味だ」
私達の反応を見てぐにゃりと歪んだ笑みを浮かべるゴマァブーラ。
「さぁて……それは……」
ブォン、と大きく刃を横に振る。
「この勝負には関係ないことだ」
「……そうか」
プフェッファーの関係者であるとはっきりした以上、ますます倒さなければならなくなった。問題は奴が入っている身体がカヌチスさんのものだってことだ。
いっそのこと、ブルー・メモリーを狙ってみるか?
「考える暇はないと言っているッ!」
ガキンッ!!
喉元目掛けて放たれた一閃をなんとか食い止める。止めた勢いをそのまま、押してなぎはらう。
「錆びたナイフで歯向かってくるわりには……やりおる」
嘲笑うように言葉を紡ぐゴマァブーラ。
私はちらりと横目で確認する。ブルー・メモリーは奴の左肩に添えるように浮かんでいる。あれさえ引き離せば……。
「やはり、この石が目当てか」
私の判断も追い付かず、鋼の牙が私の心臓を襲う。
「しまっ……」
ズシュッ……。
その時、私はデジャヴを感じた。嫌な音と共に過るトラウマ。
「なぜ、だ……?」
一瞬じぃとだぶるように刃を受けていたその人物は、エルジュさんだった。
「ごめんなさい、ユリさん……石とカヌチスを助けたいためとは言え、貴女を騙してしまった……」
「……ふっ、裏切りの重みに耐えられなかったか……美しいが、所詮は小賢しい人間というわけだ」
刃を引き抜かれ、血を吐くエルジュさん。
やはり、ゴマァブーラと何かしらの取引があったのだろう。おそらく、ブルー・メモリーとカヌチスさん絡みの……。あの涙は本物だったんだ!
「ユリさん……剣を……カヌチスが直した剣を……」
「……駄目だ。カヌチスさんが忠告していた通りに、あの剣は再び折れてしまった……」
「……大丈夫、です。貴女なら……」
私、なら……?
「お願い、します……その剣で、カヌチスを……ブルー・メモリーを……」
「うるさい小娘だ」
ゴマァブーラの冷酷な言葉と共に、エルジュさんの瞳が虚ろになる。身体中から淡い光が溢れ、ブルー・メモリーの中に収まった。
「あっけないものだ。男と石を救いたいがためにコウモリのように飛び交っている以外、大したアクションを見せてくれなかったものな」
「……るさない」
「うん?」
「おまえを! 絶対許さない!!」
私は力まかせに剣を抜き、サバイバルナイフと二刀流に構え、闇雲に斬りかかっていった。
「はっ……ははははははは! 何を
怒
ることがあるのだ。しかし、面白い。実に面白いぞユリ=シュリーネ=アッサム! こちらの動き次第でこんなにも感情を
顕
”にする! それこそ、想い出が濃密である証拠! 良い…実に良いいいい!!」
「うぉああああああああ!!」
「シュリーネさん! それこそ相手の思うつぼだってば!」
秋鬼を相手にしつつ私に警告してくれるエマエダさんの声。だが私の腕は止まない。
切れないナイフと折れた剣で、斬って斬って斬って斬ッテキッテ……。
気がつけば、屋内にも関わらず満天の星空の下にいた。ゴマァブーラは見当たらない。
この空間を、私は知っている。
「一旦スト〜ップ」
不意に手首を捕まれ、刃を振るう手を降ろさせられた。
この満天の星空とこの声。私の手首をつかむ人物はすぐにわかった。
「……たかおかさん」
「……間に合って良かった」
たかおかさんが手を離すと同時に、私は彼に向き合った。隣には、エマエダさんもいる。
「ていうか、たかちゃん生きてたの」
「勝手に殺さないでよ! 新手の照れ隠しかい!?」
「ここは……たかおかさんの固有結界だな」
たかおかさん―――ユピタ一族の力の内の一つ“
舞台
””。自らの力を発揮するのに一番適した空に変えるというものだが……この力が発揮されている間は、時の流れが急激に遅くなる。つまり、一種の結界状態になるわけだ。
それにしても、当のたかおかさんは俯いたまま表情が曇っている。
「……約束、守れなかったんでしょ」
「……」
エマエダさんが溜息混じりにたかおかさんに向き合う。
「……ごめんなさい」
たかおかさんについた返り血は、普通に戦った程度ではありえないものだった。きっと、自身の衝動に負けてしまったのだろう。
「……でもまぁ、今はシュリーネさんか」
今度はエマエダさんが私の腕に手を添える。
「シュリーネさん、落ち着いて。無闇に攻撃しちゃ駄目だよ」
「……」
「キミは
化物
になっちゃ駄目だ」
「……二人ともありがとう、止めてくれて」
やっと吐き出せた私の言葉。
「たかちゃんは本当に棚上げだけどな」
「ごめんなさいいいい!!」
たかおかさんは……自分が悪いと自覚すれば、度がすぎるほどとことん反省する人だ。わざとの嫌がらせはまったく反省しないくせに。
本来なら、許してはいけないのだろう。それがたかおかさんにとっての罰なのだから。だが、今の私には、たかおかさんを叱る資格がない。
「……あんたの場合は、徐々に治していけば良い。一番後悔しているのは、あんただろ。それで十分じゃないか」
「りっちゃん……怒ってない?」
「怒ってないよ」
「りっちゃん……」
一瞬
躊躇
うが、勢いをつけて抱きしめてきた。
「りっちゃん大好き! 結婚しよう!!」
「シュリーネさん……本当に
甘甘
だわ……。まぁ、うちも責める気はないけど」
「やだなぁ〜、マイたんのことも愛してるってば」
「……」
やっぱりすぐに調子に乗る。これさえなければなぁ……。いや、たかおかさんにとって、今はこれが救いになっているのか。
「ちょっとちょっと! 今はこんなことをしている場合じゃないよ! 早く結界を解いてくれ!!」
「……そう言ってもねぇ、シュリーネさん。何か策はあるの?」
「……策という策はない。だが、やれることをやってみるつもりだ」
「それが闇雲になっちゃうわけなんだけどねぇ〜」
「じゃあ、どうしろと?」
私が苛立たせながら言うと、イタズラをした後に母親に怒られる子どものようにエマエダさんの後ろでビクビクしながらたかおかさんは返した。
「そ、その剣なんだけどさ。カヌチスさんに直してもらってから、ただならぬ気配を感じるんだよね。そう思わない?」
たかおかさんの言葉につられ、刃の折れた剣を見つめた。
言われてみれば……なんだか違和感を感じ……。
「ないが」
「ないね」
「……そこは感じてる事にして」
そういえば、強度は強くなっていた気はしていた。それにエルジュさんも何か言いかけていたっけか。「貴女なら……」と。
「氣を送ってみなよ」
「へっ?」
「わかりやすく言えば、“願い”かな。自分がどうしたいのか。その気持ちを、剣に込めるんだ」
「願いを……?」
私の願い、とは何か。
今は……ゴマァブーラを倒すことか。
「……違う」
そうじゃない。そうじゃないんだ。私の願いは……。
「《全てのものを、守りたい》」
決意を呪文のように紡いだ、その時だった。
ポウ……ッ!
胸の内がたちまち温かくなり、光を発した。その光は、刃に吸い込まれていく。そしてその光は大きくなり、剣を繭のように包んだ。
トクン。トクン。
剣の鼓動を感じる。
「……ボクのにんじん君は、もう必要ないよね」
「たかちゃんは、うちの援護を頼む」
「りょーかい」
たかおかさんが私の左手に握られたサバイバルナイフをそっと取り上げたことには、まったく気が付かなかった。それほど見入っていたのだ。
「さぁ、キミの相棒が生まれ変わるよ」
光がやがておさまり、光の繭から現れたのは……。
「……その刀は……」
私は生まれ変わったばかりの武器を抱え、たかおかさんの結界から脱出した。
私の剣は、刃の蒼い大刀へと姿を変えた。
ゴマァブーラの刀が闇に染まったのと同様に、カヌチスさん―――神の加護を受けた刀鍛冶が扱った刀が、持ち主の願いや想いに応じて変化を遂げたのだ。
「想い出で作られているのなら、その刀ごと吸収すれば良いことだ」
ゴマァブーラが手を伸ばすのを合図に、ブルー・サファイアが近づいてくる。 私は刀を握りしめ、サファイアめがけて大きくひと太刀を振るった。
「守ると宣言しておいて壊す気か? しかし無駄なこと……高等魔法石がそうそう簡単に壊れるわけが……」
「違う。切ったのはブルー・メモリーじゃあない」
「なに……?」
ふわっ
ゴマァブーラが首を傾げると共に、ブルー・サファイアは凧糸が切れたように離れていった。
「!? 貴様、何を……!?」
この刀は、守られるべきものを守るための刀だ。ブルー・メモリーを守るために……邪なる縁を斬ったのだ。
解放されたブルー・メモリーは未だ闇に汚染されてはいるが、そちらはエマエダさんとハルアキに任せよう。秋鬼との戦いも、たかおかさんが加勢してくれているようだし。なんとかなるだろう。
次はカヌチスさんを救う番だ。
「小癪な……ッ! ブルー・メモリーを切り離したとして、今の我に勝てるとでも?」
ゴマァブーラは余裕の笑みを絶やさない。
「斬れるものを選べる刀……それなら中にいる我の魂だけに触れることができるだろう。しかし、その刃で我を貫けるものか?」
「……できる」
「その根拠は?」
「……約束したからだ。カヌチスさんとブルー・メモリー……両方を守ると!」
「くだらない。実にくだらない」
ピキピキピキピキィ!!
刀の
鐔
から何本もの触手が飛び出し、カヌチスさんの腕に絡む。触手から力を吸い取るように、どくどくと脈を打っている。それに応えるように、刀身も大きくなっていく。
「そのような半端な理由で、我が倒せると?」
「半端じゃない!!」
大きなひとふりを
棟
で受け止めつつ、私は叫んだ。
「確かにカヌチスさんのことは気にくわないと思わないでもない。だが……エルジュさんとの約束には、“絆”が確かに見えていた!!」
「絆、か」
私とゴマァブーラの間に、何度も閃光が走る。
「裏切者との口約束に、そのようなものが存在しているというのか!?」
「裏切ってなんかいない! 貴様に惑わされたんだ!」
「失礼な物言いだな……。まぁ、あながち間違いではないのだがな」
「……」
「どうした?
怒
らないのか?」
「……その手には乗らない」
力いっぱい刀を振り、奴との距離を置く。
「私は決めたんだ。大切なものを守ると……私の持つ、全ての力をかけて!!」
ポウ……。
刀身と私の胸の内が光を発する。懐にしまった“
虹石
”が共鳴しているのだ。
そうか……これも私の―――アッサム王家の力の一部なんだ。
「その光は……高等魔法石の光!」
ゴマァブーラがおののいたように後退る。
「貴様も高等魔法石を持っていたというのか!?」
「……私の決意がかたまらないと反応してくれなかったみたいだけど……ね」
「……危険だ……貴様は危険すぎる!!」
先までの余裕の表情が一変し、頭をかきむしるゴマァブーラ。
「どうした。頭を洗ってないのか?」
「やかましい! おまえの想い出は惜しいが、殺らねばならぬようだ!!」
ゴマァブーラは、無闇に刀を振り回し始めた。さっきの私のように……。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
私はカヌチスさんの中のゴマァブーラだけを見つめ、柄の頭をしっかり握り、構える。
「《彼の者を滅せよ!! “
虹一閃
”》!!」
弧を描くように振るったひと太刀は、カヌチスさん……否、ゴマァブーラの核を切り裂いた。
『この……』
「!?」
苦しみながらカヌチスさんの中から、怨霊のような何かが現れる。
『……こんな小娘ごときにぃぃぃ!!』
怨霊は私目掛けて襲いかかってくるが、勝敗はもう決まっていた。
怨霊の塊―――ゴマァブーラから、光が吹き出した。
『もはや……これまで……かっ……!?』
奴がいた場所には、光の粒子と、奴の声の
響
しか残っていなかった。
この刀が完成し得たのは、あの温かな光―――“
虹石
”。アッサム王家の力が、私の覚悟に応えてくれてできたのだと思う。
その覚悟へと導きだしてくれたのは、たかおかさんとエマエダさんがいてくれたからだ。エルジュさんとの約束があったからだ。
その絆を紡ぐために生まれたというならば、この名を捧げよう。
「“
蒼結理
”……」
「良い名前だけどアオユリって……何で自分の名前を刀につけてんの、りっちゃん」
「……」
「それに“絆という理”っつってるけど、さっきゴマァブーラとブルー・メモリーの絆、斬ってたよね」
「良いじゃねぇか! 刀の名前くらい好きにつけさせてやれよ!!」
「……エマエダさん、ありがとう」
なんか、色々台無しにされた気がするんだが。そんなことより……。
「エルジュさんとカヌチスさんは!?」
ゴマァブーラを倒し、それに連なるように消えた秋鬼両名から溢れた想い出により、エマエダさんは完全復活を果たした。
だが……エルジュさんとカヌチスさんは未だ正気に戻らない。
「ブルー・メモリーはもう浄化してくれたんだろ?」
「うん……ただ、アベハルをまた出すのが面ど……中に入ってる想い出までどうこうする設定付加はさすがに魔力がもたない……」
うん、この召喚主とクリーチャー……そっくりだ。
「いっそのこと、斜め四十五度の角度でぶっ叩いてみたら?」
電化製品じゃあるまいし……。
でも、たかおかさんに騙されたと思ってやってみたらどうだろう。こう、斜め四十五度の角度から……。
「ていっ」
しゅわわわわわっ!!
どんぴしゃり、だったようだ。
ブルー・メモリーからこぼれる想い出の数々。まるで蛍の光のように、それぞれ飛んでいく。
その内の一番大きな光が、カヌチスさんら二人のもとへ向かう。
「……ちょっと覗いてみないかい?」
「ちょっとって、何をする気だ?」
イタズラに笑い、たかおかさんは二人の想い出に指を突っ込む。
光は突っ込まれた部分から溢れ出し、私達を包みこんだ。
……良いのかなぁ……。
『カヌチス、またおじいちゃんのお仕事ジャマしてたの?』
『ジャマじゃねーよ! 立派な勉強だよ、勉強』
『なんでそんなに刀鍛冶になりたいの? 男の子だから?』
『それは……』
―――おまえを守れる刀を作りたいからだよ。
『……男のロマンってやつだよ』
『何それ。意味わかんない』
『おまえが石っころに興味あるのと一緒ってこった』
『石っころじゃないもん、魔法石だもん』
―――カヌチスに見せたくて集めてるのに。
『……』
『……なんで黙ってんだよ』
『カヌチスなんか嫌いだもん』
『石っころつって怒ってんのか?』
『また言った!!』
『わかったわかった。じゃあ、こうしよう。今後は一切互いの趣味に干渉しない。これで良いだろ』
『……うん』
―――あれ?
―――どうしてこうなった?
『どこへ行く気なの!?』
『さぁ……どこだかね』
『そんな……おじいちゃんもなんとか言ってよ! カヌチスが……』
『……仕方ないんじゃ』
『仕方ないって……!』
―――安心してくれ。おまえを守れるようになったら、帰ってくるから。
―――そんな、まだ言ってないのに。
―――好きだ。
―――愛してるって……。
「なんというか……永遠に爆ぜて欲しいリア充っぷりですね……」
「い……言わないでください!」
「なんで人の想い出勝手に覗いてんだよ……」
たかおかさんのちょっかいに、エルジュさんは顔が真っ赤に、カヌチスさんはイライラしていた。
「こんな形でおまえの気持ちなんか聞きたくなかったぜ」
「またまた〜。どうせ気付いてたんでしょ? 互いが相思相愛だってことに」
しゅっ! がしっ!!
カヌチスさんが振るう刃に、白羽取りを決めるたかおかさん。ここまで感情を
顕
”にするカヌチスさんも珍しい。
「こいつとの事は後で個人的に片付けるとして、だ。まさかおまえがそんな刀に育ててくれるとは思わなかったぜ」
「蒼結理のことか?」
「……名前までつけたのか? ……まぁ良い。そいつはまさに、俺が求めていた刀だ。……いや、くれとは言わない。大事にしてくれ」
……何が言いたいんだ?
「コール神の力で……俺が打った刀が進化の種となることは知っていた。だから今までずっと……なぜ刀が望んだ通りに変わらないのか疑問に思っていた。それを成したあんたを見てわかった。俺こそが、覚悟が足りなかったんだ。目的を見失っていたんだ」
刀鍛冶は右手を差し出した。
「それに気付かせてくれたことに、感謝する」
「……カヌチスさん」
私も応えるように、右手を差し出し、握手した。
「これからあんた達はどうするんだ?」
「また世界を救いにぶらりと旅立とうと思う。勇者の子孫である限り、どうせ戦いに身を投じる運命なんだろうからな」
「……私も、カヌチスに付いて行こうと思います」
「はぁ!? おまえ何言って……」
「私を守る刀を作りたいんでしょ? 勇者の運命を利用してるんなら、私のことも利用しなさい」
「楽な道じゃないぞ」
「承知してます」
なんだかこの二人……熟年夫婦みたいだな。
「あんたらはどうするんだ? 想い出は全て取り返したんだろ?」
「私はまた修行に専念するよ。プフェッファーとの戦いに備えて……」
はた、とある事に気付く。ゴマァブーラはプフェッファーについて何か知っている素振りだった。結局どういう関係だったのだろう。
そう。この時は未だ知らなかったのだ。プフェッファーとゴマァブーラに、どういう因縁があったのか……。
こうして事件は一旦片付き、私達は各々の生活へと戻っていった。時々
文
を交わして近況を互いに知ることはあったのだが、一つだけ行方知れずになったものがある。
ブルー・メモリーのことだ。
気が付いた時にはなくなっていた。エルジュさん曰く「高等魔法石は元々自然のものだから、自然に還ったのならそれでいい」とのことだった。
腑に落ちないことではあるが……まあ良いか。今の私には、打倒プフェッファー目指して修行に打ち込む。それのみだ。
守りたいものを守る剣も手に入れたし、私の女剣士としての戦いは、これからだ!!
第七章 目次へ 第九章

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