◆其ノ六

「ついに……最深部だな」
 カヌチスは一人、不気味に装飾された扉の前に立っていた。首にかけられたペンダントの聖なる氣で扉を調べる。どうやら呪いがかかっていることはないようだ。
「お待ちかね……ってわけか」
 扉から手を離し、ペンダントを胸にかざす。温かい光がカヌチスを包み、これまで魔物から受けてきた傷を癒していく。
「この剣がどこまで通じるのか……見物だな」
 カヌチスは喉を鳴らして笑う。それは自嘲とも本意を隠しているともとれる。どちらが正しいかなど、本人ですらわからない。
「……よし」
 カヌチスは素手で扉を開けた。入った途端低く抑揚のない声が脳に直接語りかけてきた。
『おや。人為る者のルールには“ノックをする”というのがあると聞いたのだがな』
「!?」
 目の前に現れたのは、一人の老人だった。ただの老いぼれではない事は言うまでもない。とてつもなく邪悪な氣に、カヌチスは圧迫された。意識が 朦朧 もうろう とし、今にも気が狂いそうだ。
 なんとか正気を保っているのは、ペンダントの加護あってのものなのだ。
「……ただの礼儀だよ」
『くく……っ、我の問いに答えた人間はおまえが初めてだ。もっとも、我の前に現れた人間も初めてだがな』
「はっ、よく言うぜ。あんたはただ、石の力で自身をでかく見せているだけだろうが」
『……』
 ズンッ!!
突然カヌチスは、酷い寒気に襲われた。気力も保つのが一段と辛くなる。
(ッ……邪気が濃くなりやがった……。)
 本能的に察し、なんとか敵を見据え、剣を構える。
『まだ名を名乗っていなかったな。我はゴマァブーラ。全ての鬼を統べる鬼人王なり』
「それはそれは。手下からも聞いていたが、こうばしい香りがしそうな名前だな」
『軽口をきけるのも今の内だぞ、勇者……』
「俺は……刀鍛冶だ……!」
 カヌチスは込められた力を受けとるように、ペンダントを握りしめる。
 淡く優しい光が、カヌチスを包む。
「おまえは ブルー・メモリー の力で己を大きく見せているに過ぎない。その石さえ壊せば、ただのザコモンスターだ」
『……どちらが。貴様こそ聖なる加護がなければ、ただのひよっこに過ぎぬだろうに』
「……」
 空間の空気が一段と重くなる。コール神の聖なるオーラがなければ、気が狂っていただろう。
「行くぞ、成り上がり魔王!」
『……来るがいい』
 咆哮と共に、カヌチスはゴマァブーラに斬りかかっていった。
「うぉぉぉぉぉッ」
 カヌチスのひと太刀が入った。……はずだった。
『こっちだ』
 ゴマァブーラの声が聞こえたのは背後から若い声が聞こえた。
「そこかッ!!」
 今度こそ入った……はずだが手応えがない。
『我にそのような攻撃は効かぬ……』
 カヌチスの背後から、邪悪な瘴気が放たれた。
「ぐっ……」
 なんとかかわすも、やはり氣で圧されそうになる。
「!?」
 カヌチスは自分の目を疑った。瘴気を放ったのは、あどけない少年だったのだ。先の白髪は栗色に染まり、皺の一つも見つからない。その辺りの村に住んでいそうな少年そのものだ。
「霊……否、精神生命体か……」
『いかにも』
 少年のゴマァブーラはポケットから何かを取り出す。青黒く鈍く光る邪悪な物質―――ブルー・メモリーだ。
『おまえ達はこの石を“ブルー・メモリー”と呼んでいたか。こいつの力で精神体の身となった我は、痛みや苦しみを感じない、自由な存在へと進化したのだよ』
 青年へと変化し、成長と退化を遊ぶように繰り返す。
「進化……か。笑わせる」
 ペンダントを握りしめ、聖なる氣を高める。
「ただ逃げただけじゃねぇか。生きること、全てから」
『どうだろうな。貴様も我の下につけば、精神体の素晴らしさに気付くであろう』
「お断りする」
『それは残念』
 嬉しそうにニタリと笑うゴマァブーラ。ますます気に入らない奴だ、とカヌチスは睨んだ。
「俺は一介の刀鍛冶にすぎない。おまえがその秘石をどう使おうと知ったことではない」
『……』
「おまえが精神生命体だろうがなんだろうが、その石を壊せば済む話だ。それを壊した時、俺の刀の強さは証明される」
 ペンダントから溢れる優しい光が、カヌチスを包む。と、同時にカヌチスは刀を構えた。
「これで終わりだ、なんちゃって魔王」
 人知を超える神の力が、ブルー・メモリーもろともゴマァブーラを貫いた。

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