◆其ノ五

 先にカヌチスさんが通った後だから魔物は少ない……はずなのだが、そうでもなかった。見るのも恐ろしい鳥のような者、呪いの樹、牙に毒を持つ者……ありとあらゆる魔物が、私達の行く手を阻む。
 私はカヌチスさんが打ち直してくれた剣(前よりも強度が増した気がする)で、エマエダさんはエルジュさんから餞別として受け取った魔法石で攻防するがきりがない。ちなみにたかおかさんは……相変わらず働いていない。本当に何なんだこの人。
 魔物の襲撃がひとまずおさまり、魔法石で体力と軌道力を回復する。魔法石も残り少ないな……。
「私達……まだ中ボスにすらたどり着いてないよな。なのに何でこんなに疲弊しているんだ?」
「そりゃ、本来パーティー連れて歩く場所なのに、内一名がニートじゃあ他のメンバーに負担がかかるのは当然でしょ」
「ニートじゃないもん! 職業:不明だもん」
 自覚があるなら、働いてくれ!!
「だいたい、あのカヌチスさんとやらは一人で行ったんだろ? ……ぶはっ、ぼっちざまぁ(笑)」
 何やらたかおかさんは、カヌチスさんに対して私以上に気に食わないものがあるらしい。まぁ、それはどうでも良いとして。
「それなんだがな……。もしかして私達……ルート間違えてないか?」
「えっ、正規ルートなんかあるなんて、ボク今初めて知ったんだけど。マイたん、ストームマウンテンの地図くらい持ってるんでしょ?」
「荒れ狂う魔物の影響で地形が変わる前の地図なら」
『……』
 パーティーは遭難した!
「どうしようりっちゃん!!」
「ど、どうするもこうするも……あっ、たかおかさん、“あの力”を今こそ発揮するべきではないのか!?」
「え、いや、ここで使ったらストーリー的に盛り上がんないし……じゃなくて、そもそもこの状況を打破できる力でもないと思うよ?」
「だって、力の源は星の……」
「あ〜っ! ネタバレしないでぇぇぇぇぇ!!」
 本気で泣きそうな顔をされたので、これ以上は言及しないことにした。
「……ボクは無理だけど……」
 鼻をすすりながら、たかおかさんはエマエダさんの肩に手を置いた。
「マイたんがなんとかしてくれる」
「……は?」



 たかおかさんの提案により、私達はエマエダさんを先頭に再び歩きだした。なぜか彼女の腰にロープを回し、そのロープを私とたかおかさんが列車ごっこをするように繋いで歩く。……はぐれないためだろうか?
 するとどうだろう。実際に魔物が一匹も現れなくなったのだ。
「成程。自らの想い出に導かれるエマエダさんに先頭を歩いてもらえば、必然的に正規ルートを歩けるわけだ」
「……いや、りっちゃん。よく見てよ」
 たかおかさんが指差す通りによく見ると……魔物達がなぜかエマエダさん目掛けて集中的に襲いかかっていたのだ。しかし彼女はそれをことごとく交わし続け、攻撃を全て相討ちさせている。
「これこそ、照れ屋なマイたんが長年ボクの愛から逃げ続けた結果生み出された技術……“ 回避 スルー スキル”さ!!」
「……」
 どういう反応をすれば良いのか、わからない。凄いような……凄くないような……。
「これで敵の攻撃をかわし続ければ、戦闘なしで先へ進めるわけさ!」
「はぁ……でもなぜ、魔物はエマエダさんを集中的に攻撃してくるんだ?」
「マイたんの手を見てごらん」
 なんとか横から見てみると……何か持ってるようだが。
「キミがボクにお土産でくれたクズモチを装備させてみました。流石、めちゃくちゃ美味しいものを持ってる可愛い女の子には釣られる釣られる」
「最低だな、あんた」
 不意に、たかおかさんが真面目な顔をする。
「ただ、この技には欠点があってね……」
「な、なんだ?」
「発動中、マイたんにいくら愛を送っても全力でスルーされる」
「……」
「たかおかさんは、寂しいと死んじゃうんだよぉ〜!! かまってよぉ〜!!」
 誰か、この人なんとかしてくれ……。
 ツッコミ不在の状況に頭をかかえた、そんな時だった。
「ふぉ―――ふぉるふぉるふぉる!! お困りのようだなァ、人間ども!!」
「ッ!!」
 おかしな高笑いと共に突如上空から降りて来たのは、褐色の肌にツンツンした白髪、そして左の頭部からグネグネと曲がった角を生やした若い男だった。
 見た目は列車強盗の時のチンピラくらい弱そうではあるが、この強く邪な氣は……春鬼が言っていた、 死鬼 シーズン とやらの一匹、か?
 先頭のエマエダさんに続いて、私達も男に歩み寄る。
 ……距離をとって様子を見た方が良くないか?
「おい、エマエダさん……」
「……」
 声が届いていないみたいだ。
「おうおう、怖じ気づかずに向かって来るとは良い度胸じゃねェか!! 良いぜェ、かかってきな!!」
 男は私達に向かって挑発の体勢をとる。男との距離が近づいていく。
「俺様の名は 秋鬼 シュウキ ! ゴマァブーラっておっちゃんの部下みたいなことをやってる、 死鬼 シーズン の一匹だァ!!」
 すっ
 私達は秋鬼の横を素通りし、先へ進んだ。……あれ〜?
「エマエダさん!」
「だって、カヌチスさんはスルーしたんでしょ? それに異常気象で、今年の秋なんてあってなかったようなもんだったし」
 あれ、聞こえてたのか。……じゃなくて。
「いやいやいや、奴は多分倒さないといけないと思うぞ……?」
「まったくだァ!!」
 後ろから秋鬼が駆けてきて私達の前に立ち塞がる。
「中ボス倒していかねェとか、何考えてんだ!!」
 至極もっともな事を言われたが、私達はまたも横切った。
 また回り込まれる。
死鬼 シーズン ってのは四匹しかいねぇんだ! あんたら、春鬼を殺ったんだろ!? あと三匹くらい頑張れよ!!」
  死鬼 シーズン は四体なのか。
「四天王的ポジションなわけだね。つまり、最初の春鬼が最弱になるわけだ」
「ッ! そうなのか!?」
「おう、人間ごときに負けるとは 死鬼 シーズン の面汚しなんだぜェ!!」
「……はいはい」
 エマエダさんは歩みを止めるどころか駆け出し、また秋鬼の横を素通りする。
「俺様の話聞いてたァ!?」
 秋鬼も追ってきた。列車ごっこをしている集団の隣を四天王の一体が走るという奇妙な構図が出来上がる。
「いやいやいや、だから四天王倒さないとシナリオ進まないだろォ!? 倒して知る重要な情報とか、あるかもしれねェじゃねェか!!」
 回り込まれる。
「や、もう聞いたし」
 素通り。
「……まぁ、もう言っちまったけどよォ……そこでイベント飛ばされるこっちの身にもなってみろよ!!」
 回り込まれる。
「……」
 スルー。
「だんまりかよ! ……なら、こっちにも考えがあるぜッ!!」
 急に秋鬼の黒い氣が濃くなり、辺りを満たした。
「……?」
 さすがにエマエダさんも歩みを止め、辺りを見渡す。
『ふぉ―――ふぉるふぉるふぉる!!』
『これが』
『俺様の……』
『真の力だァァァァァァ!!』
 四方八方から聞こえる秋鬼の声。元々バカでかい声だったが、さすがに一体から出される声だとは思えない。
 否、秋鬼は一体だけではなかった。竹林の奥の奥まで見渡す限り、何百ものにまで増えているのだ。
 私達は、囲まれてしまった!
『おぉっと、言っておくが幻影だとかそんなもんじゃねェぜ!!』
『全てモノホンだと思った方が良い!!』
『さぁ……楽しいパーティーの始まりだぜェ!!』
『ふぉ〜ふぉるふぉるふぉる!!』
「……」
 エマエダさんは腰に巻かれたロープを外す。
「司令塔を探す……なんて、同じネタは流石に来ないか。……しゃーない」
 鞄を探り、一枚のルーズリーフを取り出した。
 まさか、召喚するつもりなのか?
妄想自演工房 ファーム は完全に戻っていないんだろ?」
「ん……上手くいくかわかんないけど。やれるだけやってみる。……まぁ、とりあえず」
 エマエダさんはこちらを向いた。
「いい加減、先へ進みたい」
 その瞳には、何か……熱いというか恐ろしい炎が燃えていた。
 先の……自分の世界を軽んじられた時と、同じくらいに。
「エマエダさんのあんな眼を、今日だけでこんなに見ることになろうとはな」
「ボクはしょっちゅう見てるよ」
「おまえは自重を覚えろ」
 秋鬼に向けた眼差しをそのままたかおかさんに向けた後、エマエダさんは目を閉じて魔力を練り上げる。
「お二方、援護よろです」
「当然」
 たかおかさんの手にサバイバルナイフを持たせた後に私も剣を構え、詠唱中のエマエダさんをガードする体勢をとる。
わり ィが!』
『散々スルーしてきた相手の詠唱を待ってやるほど!』
『甘くはねェぜ!!』
 秋鬼達はこちらの都合など当然お構い無しに襲撃してきた。
 私は剣を握る手だけに力を込め、弧を描くように振るった。
 ザシュッ!!
 エマエダさんの背後を襲う数体を薙ぎ払う。
(重いッ……)
 流石に 鬼狂犬 キョウケン のように弱くはない。春鬼とは違うタイプだが、 死鬼 シーズン と名乗るだけは……ある。

「……《事実は小説より奇なり、虚言は真理より甘美なり》……」」
 厳かな詠唱が始まる。
 熟れたトマトのように血走った眼をした奴等の、その鋭く長い爪で、その毒々しい牙で、繰り出される猛攻をまともに受ければひとたまりもないだろう。だから、全てはエマエダさんにかかっている。私達は何がなんでも彼女を守らなくてはならない。……いや、守ってみせる!!
「《眠れる無形に暫し うつわ を》……」
 しゅっ!!
 たかおかさんも「満月、にん●ん斬り!!」と叫びながら、なんとか応戦している。やればできる人だ。
 などと油断してはいけなかった。
 パキィッッッ!!
「ッ!?」
 カヌチスさんに治してもらったばかりの剣が、再び折れてしまったのだ。そういえば、「応急措置だ」と言っていたな……。
 などとあれこれ考えている場合ではない。今斬ろうとした何体かが、エマエダさん目掛けて飛びかかろうとしているのだ。
 くそっ、間に合わない……!
「エマエダさ……」
 しゅっ
 エマエダさんはしゃがむことで秋鬼を避け、そのまま詠唱を続ける。
「《 出力 アウトプット 、個体名称・ 安部晴明 アベハルアキ 》」 
 ひゅんっ……しゅっ!
 ひゅんっ……しゅっ!
 しゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅっしゅしゅっしゅっポ●ーテールとしゅしゅっ!!
 詠唱しながらも“ 回避 スルー スキル”を駆使し、なお攻撃を避け続けるエマエダさん。
 ……あれ、これ……私達の援護要らなくないか? いや、きっとそんな事はない、はずだ、多分。
 大気中の魔力が、エマエダさんの詠唱により集まってゆく。彼女の周囲魔力の密度が高くなる。その圧力により、敵はおろか、私達も彼女に近づけなくなった。
 いよいよ、仕上げだ。
エマエダさんの纏う雰囲気がガラッと変わる。張り詰めていた空気が一気に和らいだ。……ん、和らぐ……? そしてあの顔は……営業スマイルか……?
「●REC」
 またたかおかさんが訳の分からないことを言い出した。妙ににやけていて気持ちが悪い。どうやって発音してるんだ、それ。
「《オーダー! 二十四番テーブル、安倍晴明入りましたー! あざーす! はるあきあざーす!》」
 やけに軽快に呪文を紡ぐエマエダさん。動きもなんだか踊っているようだ。想像の店員―――何の店員だ?―――に注文を入れたかと思ったらすかさず別の店員になりきってオーダーを通す。集めた魔力が一つの“存在”を構築してゆく。……というか、この詠唱おかしくないか?途中から全然厳かじゃないし、急に生き生きして店員っぽい演技まで入れ出してるし……ふざけてるんじゃ……。
「《……かーらーのー……》」
 エマエダさんが手放し、魔力風に吹かれて舞い上がったルーズリーフの中の文字と陣が光と共に溢れだし、“存在”の中に吸収されてゆく。
「《スーパー俺得タイムご案内ー≫!!」
 くるんと一回りし、両手を前に出す。やっぱふざけてるんじゃないのか、あんた。
『な、なんだァ!?』
 カッッッッッッ!!
 稲妻にも太陽光にも似た光が、一度膨らんだ後に一瞬にして収縮する。
 光の中から現れたのは、髪を肩の上に切り揃えた、和装―――陰陽師とかいう術師系職のものだったか?―――の少年だった。目蓋をゆっくりと開き、心底億劫そうに辺りの様子を確認する。エマエダさんと目が合うと、深い溜息をついた。
「うわー……ここにきて仕事かよ……。こちとらいきなり終末級大災厄の相が出るっていう訳分からん事態でそれどころじゃないってのに……。しかも営業時間外なんですけど……」
「おっすセイメイ。時間外タダ働きよろしく!」
「セイメイって言うな!」
 ……いや、漫才をしてる場合じゃないぞあんたら。しかしやる気なさそうなのが出てきたな……。大丈夫か?
「きっと、マイたんの“帰りたい”って気持ちが召喚に影響したんだよ」
「や、どっちかってーと“イメージのしやすさ”が優先かな。こいつ地味だし」
「どっちもなんつー理由だよあんたら……。召集早々何この言われよう……」
 たかおかさんとエマエダさんのやり取りに頭を抱えるハルアキ。良かった、やる気はとにかく、彼はツッコミサイドのようだ。
「ハルアキと言ったか。エマエダさんの想い出が盗まれたことで、貴殿の世界も大変なことになっているだろう。この戦いは貴殿の世界にも関わっている事なんだ。……頼む、力を貸してくれ」
「……まあ、世界がどうこうなんて面ど……壮大な話を私なんぞに言われても困るんですけど、理不尽だろうが何だろうがこんなんでも一応 作者 うえ の命令なんで……。……どうせやる以外選択肢ないんでしょ」
 ……なんか今、世界の危機を「面倒」の一言で片付けようとしたな……。やっぱりこいつも普通じゃないぞ……。
「わかってんじゃねぇか。じゃあ、さっさと行け」
「あーやだやだ……」
 エマエダさんの声援(?)を背中に、ハルアキはかったるそうに人型の呪符を取りだし、秋鬼達に向き合う。一見エマエダさんは戦いを傍観しているように見えるが、今も魔力を放出し続けているのだ。
『ケッ、ガキが相手かよッ!!』
『そこの召喚士、人選ミスってやんの』
『ガキでも容赦しねぇぜ!!』
 今まで動きを止めていた秋鬼は一斉にハルアキ目掛けて襲いかかる。ここで私達を狙わずハルアキを襲うのは、律儀というか間抜けというか……。
「ここまで散々ぐだけてたみたいだし、ちゃっちゃと終わらせて帰ろう……。出でよ、式神……っていけね、これ二重召喚か。流石に今それやると縛りキツいな……」
 ハルアキは呪符を入れ換えようとするが、秋鬼達は勢いを落とすことなく牙を向く。
「いけない!!」
 応援に行こうとする私を、たかおかさんが制す。
「大丈夫だから、見てたら良いよ」
 いつになく真面目な顔でハルアキを見つめるたかおかさん。だがそのシリアスさも、私の胸の辺りで動くいやらしい手つきで台無しになる。私は彼の手の甲をおもいっきり指でねじってやった。あんたもダークストレッチ団のボスと同類かっ!
 などと下らないやりとりをしている間に、秋鬼の鋭い爪が、ハルアキの肩に食い込む。
『まずは一人……だッ!』
 なんてことだ……!
 落胆しかけた、その時だった。
 さああああああああああ…。
『あぁぁッ?』
 秋鬼の爪が食い込んだハルアキの肩が、みるみる崩れていく。崩れて、紙……否、呪符が何枚も溢れていく。みるみる内に、ハルアキは何枚もの呪符になり散ってゆく。
 不意にエマエダさんの方を見れば、何かボソボソと呟いている。……そうか、ハルアキは“エマエダさんの世界から召喚されたクリーチャー”だ。エマエダさんから送られた魔力が尽きない限り、不死身なんだ。
 ぱらぱらぱらあああああああああ!!
 札が竹の上まで舞い上がる。葉でよく見えないが、再び“アベ・ハルアキ”という存在を構築させたようだ。
「あー、しんど……」
 上空からの声は溜め息混じりに氣を高めている。
『不死身の人形、ねェ……めんどくせェ!! 最初から召喚士襲えば良かったってか』
 秋鬼達はギロリとエマエダさんを睨み、矛先をこちらに向けてきた。
「晴明、ゴー!!」
「犬か、私は」
「おう」
「……いや、わかってましたけど」
 その気だるそうな声とは裏腹に、上空から大量の呪符が勢いよく降ってきた。そのコントロールの良さは 創造主 エマエダ さん譲りなのだろう。一枚一枚が的確に、それぞれ秋鬼達の額に貼り付く。
『んだァ!?』
『前が、見えねェ!!』
 慌てふためく秋鬼達の後ろに、ハルアキがふわりと着陸した。エマエダさんと目を合わせる。
「全スキルポイント使用」
「はいはい」
「特殊コマンド準備」
「おい特殊コマンドって……。……まぁ、どうせアレでしょ」
『ぐ、ぐぅ……』
 こんなやり取りの最中でも、呪符が輝きを増し、秋鬼達を苦しめている。どうやらあれには、聖なる氣が満ちているらしい。
 エマエダさんが手を垂直に挙げると、ハルアキも同じく手を挙げた
「悪霊……」
 素早く、手を降ろした。
「退散!!」
 ……ってそれだけ!?こういうのって何かこう……もっとちゃんとした形式とかあるんじゃないのか!?
「そりゃあそうでしょうが……。……アレの意向ですよアレの…」
 と言いつつげんなりした顔で召喚主を指差すハルアキ。
「余計な動作はショートカットショートカット!」
 アリなのかそれは……?
 と、そんなやりとりをしている間に変化は起こっていた。

 しゅわわわわわわわわわわわ!!

『ぎゃあああああああああああああッ!!』
 秋鬼達が、みるみるうちに蒸発……いや、浄化していき、数が減っていく。凄い力だ……!!
 奴らは分身でも幻影でもない。つまり、ダメージも等倍だ。
「いける、これは勝てるぞ!!」
「……りっちゃん、そういうのは口にしちゃ駄目だよ。それ敗北フラグだから」
 どういう意味なのだろう。
「おーたむッ!!」
 残った一匹が、震える手で額の呪符を剥がし捨てた。
「俺様が、こんな人間のチビガキに負けるなんてありえねぇ!! こうなったら……」
 ……何をする気だ?
「戦略的撤退じゃああああいあッ!! ふぉーるふぉるふぉるふぉる!!」
 逃げた!!
「待て!!」
「良いよ、シュリーネさん。もう通れるんだし」
 疲弊した表情で、エマエダさんが私を止めた。
「しかしエマエダさん、もしかしたら奴もエマエダさんの想い出を持っているやもしれないんだぞ!?」
「どうせラスボス戦まで行けば全部手に入るよ……」
 魔力放出し続けて大変だったのは十二分にわかるが、それで良いのかクライアント!!
「あー……仕事終わったし私もう帰っていいですか?ラスボスまでついて行くのは勘弁して欲しいんですけど…」
「や、もうちょい……頑張って……」
 バタッ
 とうとう倒れこみ、たかおかさんに抱かれた。
「エマエダさん!!」
「さすがに…… 妄想自演工房 ファーム 欠けたままでの発動は……キツかった……」
「じゃあやるなよ。……ってちょっと!あんたに倒れられたら私帰れないんですけど!!」」
「……」
「ええー…」
 エマエダさんはそのままスヤスヤと眠ってしまった。たかおかさんの嬉しそうな表情が気持ち悪い。
 一名ダウン……か。
しかし、ここからが問題だ。私の剣は折れてしまったし、エマエダさんはダウン。ハルアキはエマエダさんなしでは動けないし、たかおかさんは……まぁ、こんなんだし。
 どうしよう。一旦戻るにしても、かなり奥に来てしまったし……。脱出用の魔法石でも貰うか買うかすれば良かったな。
「りっちゃんりっちゃん」
 たかおかさんが、何かを手渡してきた。例のサバイバルナイフ、にんじん君だ。
「使ってよ。元々刃物を使うのはりっちゃんの方が上手だし、ないよりはマシでしょ」
 ニコニコというより「ボク、気がきいてるでしょ」と言うようにドヤ顔を向けるたかおかさん。
「マシでしょって……たかおかさんはどうする気だよ!!」
「そうだなぁ……」
 たかおかさんはある方向を見つめる。
 そこには、崖の下にぽっかり空いた穴があった。何者かが二人出てきたあたり、洞窟か何かになっているらしい。
 その者達は、こちらに向かって来ていた。一人は白い肌がよく映える黒のドレスに身を包んだ、漆黒でウェーブのかかった長い髪を持つ女性。もう一人は褐色の肌にタンクトップを来た赤髪の少年……いや、少女だろうか?
 彼女らが何者であるかは、それぞれ額と後頭部から生えた短い角が教えてくれた。
 奴らも 死鬼 シーズン か……!
 私はたかおかさんから借りたサバイバルナイフを抜こうとするが、たかおかさんの「待って」という声に止められた。
「ここはボクに任せて、皆は先に行くといい」
「……! 何を言うんだ!! 奴らは……」
「わかってる。 死鬼 シーズン だろ、そして二体。けど皆で戦っても、余計な時間を食うだけだよ。それにキミだって、ボクに働け働けと言っていたじゃないか」
「けど、いくらなんでも一人で立ち向かうことはないだろ!?」
「ダイジョブダイジョブ〜!キミは主人公だよ? 体力を温存させておいた方が良い」
 ケラケラと笑うが、私の不安は消えない。
「……あの力、とうとう使うんだな」
「……タブンネ」
「あんたの事は信じている。……けれど」
 どうしてもあの夢が過ってしまう。私を守るために死んだじぃが、どうしてもたかおかさんとたぶってしまう。
「約束を、忘れてないだろうな」
「……わかってるさ」
 たかおかさんは、私の肩に手を乗せて言う。
「これが終わったら……式を挙げよう」
 挙げるかっ!!
 まったく、たかおかさんという男はいつもそうだ。きっと心の内は真剣に考えているんだろうが、それを表に出してくれない。
「……わかってるさ」
 たかおかさんは私とエマエダさんの手の甲にそれぞれ軽くキスをし、二体の鬼と共に消えてしまった。
 私は、誰とも知れぬ誰かに祈った。
 たかおかさんが、“たかおかさん”として再び会えることを……。

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