◆其ノ四

―――姫様。
 懐かしい声が聞こえる。誰の声かは もや がかかっててなかなか思い出せない。
 ―――また……学校で喧嘩をされたそうですな。
 ―――だって、あいつらがたかおかさんを「バケモノが学校なんか来るな」って言ったんだ。たかおかさんは確かに、戦闘民族の生き残りだけど……たかおかさん自身は良いやつなんだ。戦闘民族だからって関係ない。たかおかさんは、たかおかさん……なのに。
 ―――……。
 ―――あの子の存在を否定されている気がして……だから……。
 ―――……姫様。
 声の主は優しく私の頭を撫でてくれた。
 ―――アッサム王家の後継者が代々家庭教師をつけてきた 為来 しきた りを破り、陛下が……お父上が貴女をスクールに通わされる理由……わかりますかな?
 ―――……初代アッサム王が建てた、由緒正しい学校だから?
 ―――それも理由の一つです。……しかし、一番の理由は、「平民から貴族、さらには王族まで通える」ことにあるのです。
 たしかに、そのおかげで私は色んな友達ができた……けど。
 ―――この学校の校風には未だ納得できない。貴族の子どもは皆、平民や異国の子たちを苛めてるし……弱い者が虐げられるのが当たり前になっているんだ。人が傷つくのを、私は見ていられない……。
 ―――なぜ、当たり前になっているか。わかりますかな?
 ―――うーん……親が、そうだから?
 ―――その通りでございます。姫様が見るその光景は……残念ながら学校内だけのことではありません。陛下が即位なさってようやく平民の貧困の差を僅かに縮めることができたものの……階級差の意識は未だ深く根付いているのです。
 ―――そんな……だって父様は、あんなに頑張ってたのに……。
 ―――とても難しい問題です。アッサム王家が栄えてきたのは、皮肉にもこの格差あってのものなのですから。
 声の主は少し険しい表情をする。
 ―――姫様も、アッサム国の次期女王としてわきまえねばならないのです。まだ子どもであると甘えることは許されません。民にすぐ手をあげる君主など、誰もついてはゆきませぬぞ。
 ―――たしかに暴力で片付けてはいけなかった……それは反省する。でも、だからといって虐げられるのが当たり前だなんて、やっぱりおかしいと思う!
 ―――……それで良いのです。
 声の主は、フッと顔を和らげた。しわくちゃの頬がたるむ。
 ―――どんどん疑問をお持ちなさい。大切なのは、姫様自身が目で見て、考えることでございます。世の中には、色々な者がおります。貴族も平民も。地位でくくらずとも。各々が、様々な考えを持っているのです。
 ―――たしかに、エマエダさんや何人かの貴族の子は、あいつらと違う……。
 うんうんと声の主は頷いた。
 ―――しかし、大概の者は皆、“当たり前”が自身を殺してしまっているのです。姫様には、そのようなものに惑わされず、真実を見極めていただきたい。
 ―――……。
 ―――貴女が守りたいものを守るには、何かを犠牲にしなければいけない……そういう事はけっして少なくないでしょう。しかし“当たり前”に惑わされず、何が正しいか見極めることができれば……全てを救うことも可能でございましょう。
 ―――私に、できるのかな……。
 不意に声の主―――じぃは、私を抱き締めてくれた。
 ―――できますぞ、姫様ならば。今はたくさんお勉強をなさい。そして、貴女が守りたいと願ったものを……正しく守るのです。
 シュリーネというミドルネームは、母様の願い。“ くに を守る”という意味だ。
 母様の願いを名に刻まれた時から望んでいたものを……私はじぃの言葉で明確なものへと変えた。
 ―――じぃ……私は国を守りたい。
 国を。民を。友を。
 私の言葉を聞いたじぃの表情は見えないが、心なしか抱き締める力が強くなった。
 ―――その願い、叶うまでは……このじぃが、姫様をお守りしますぞ。
 ―――……うん。

 ありがとう、じぃ……。



 急に景色が暗転する。

 辺りは暗いのに、じぃと私自身の姿ははっきり見える。
 何が起こったのか、脳が理解するのに追い付かない。
 抱き締められているのは変わりないけれど……まるで、一瞬の内に幾つもの時が過ぎ去ったようだ。
『じぃ……?』
 私は明らかに強められた力に違和感を感じ、じぃに話しかけた。
 腹部に、温かく嫌な感覚。
『ぐっ……お逃げくだされ……姫様……』
 じぃは懐から小さな巾着袋を取りだし私に手渡すと、その場で崩れ落ちた。
 どくどく。どくどく。
 じぃの腹が、背中から刃に貫かれている。
 どくどく。どくどく。
 これが自身の心音なのか、じぃの血液が流れ落ちる音なのかはわからない。
『じ……』
『安心せよ……そのような問題は、吾輩が全て解決してやる。……アッサムの民全てがこの黒将軍プフェッファーの奴隷になれば、格差もなくなるだろう……』
『なん……で……』
 暗くて見えないが、炎と血の臭いがする。誰かの叫び声もたくさん聞こえる。
 状況がわからない。わかりたくもない。
 だが理解したのは、父様に忠誠を誓っていたはずのこの男、プフェッファー将軍が全ての原因だということだ。
『よくも……よくもじぃをォォォォ!!』
 許さない、許さない! 許さない!!
 私は闇雲にプフェッファーに立ち向かおうとした……が、それをじぃに止められた。
『なりませぬ、姫様!!』
 ふらふらになりながら、血を吐きながら、必死で私を止めるじぃ。
『じぃ……っ。立つな! 喋るな! 止めるな!! プフェッファー……貴様、……まさか、母様や父様も……?』
『ご安心を、姫様。陛下達には利用価値がございますので……まだ生きていただけなければ困ります。……だが、生きていられて困るのはおまえだ。ユリ=シュリーネ=アッサム』
 プフェッファーは口の端を歪ませながら、私と……じぃが手渡してくれた巾着袋をまじまじと見た。
『させぬ!!』
 じぃは息をなんとか整えながら呪文を詠唱し、亜空間から杖を取り出した。
『……姫様、その袋を……大事に持っておりなさい。その中には……アッサム王家の秘宝……“ 虹石 レインボービーズ ”が……ぐっ……!』
 ばしゃばしゃと、また血がじぃの身体から噴き出す。
『じぃ!! お願いだから、喋らないでくれ!!』
『聞いてくだされっ……! 良いですか?貴女が王家の力に目覚められた時……その石が貴女を……この国を救ってくれるでしょう……』
 とん、と一つ杖をつく。息を絶え絶えに話しながらも床に記した古代文字が光りだし、私を包んだ。
 空間転移……? 
『嫌だ! 国を……じぃを守るんだ!!』
『姫様……今はその時ではありません。貴女さえ生き延びれば、きっと……この国を……』
 じぃは、“自分を”とは言わなかった。
『お身体にお気をつけて……貴女がお産まれになった時から……お世話をさせていただけて……本当に良かった……』


 ズシャッ!!


 最後に私が見た光景は……じぃがプフェッファーに背中を大きく切られ、私に微笑みかけながら倒れていくところだった。









「じぃ……ッ!」

 ごちんっ!!

『〜〜〜っ!!』
 額に走る突然の衝撃に、私は思わず頭をかかえた。
 少しくらりとしつつも周りを見る。
 そこは何処かの部屋で、私はふかふかのベッドの上で寝かされていた。
「いったぁ〜……でも、これはこれで火花のような愛を感じた……」
 どうやら、私が額をぶつけた相手はたかおかさんらしい。
「す、すまない!」
「……あ……なんか、クラッとしてきた」
 ヨロ……と、たかおかさんがもたれかかってきた。私は大丈夫なのだが、どうやらたかおかさんは打ち所が悪かったらしい。
「だ、大丈夫かッ!?」
「あぁ……りっちゃん……キミの口づけがあれば……なんとかなる……かも」
 く……口づけェ!? ……で、でも、私なんかの口づけでたかおかさんを救えるなら……っ!!
 ……あれ。そもそも、なんでたかおかさんと額をぶつけあうことになったんだ?
「あの……止めなくて良いんですか?」
「あー……なんか、もう面倒なんで。あの二人放っておいて話を進めましょう」
 面倒なんでって酷くない!?
 ……そうだ、思い出した。私は春鬼に奪われた想い出を取り返してその反動で気を失って……起き上がろうとしたら額に衝撃が走って……。
 私はたかおかさんに向き合う。
「ここは……?」
「エルジュさんの店だよ」
 続けてもう一つ。
「……たかおかさん、なんで私の目の前に居たの?」
「えっ、何でって……その……りっちゃん目覚めないから、ボクが目覚めのキッスをしてあげようとして……」
「……」
 私は再び拳を作ったが、先の夢が脳をかすみ、すぐに緩めた。
 記憶を……想い出を元にした夢。あんな大事なことを、一瞬でも忘れてしまっていたなんて。
 これが、想い出を奪われるということか……。私の場合は「じぃとの約束」と「プフェッファーの裏切り」。生きる理由も戦う理由も概念ごと根ごそぎ奪われ、とてつもない絶望に満たされる……。
 きっと、犠牲者は私達だけではないのだろう。こんな思いをした者が、他にも、たくさん……。
「……さて。シュリーネさんも起きたことだし、そろそろ想い出について教えていただきましょうか」
 エマエダさんはエルジュさんに向き直る。
 そうだ。彼女は確かに想い出に反応していたのだった。明らかに何かを知っている。
 隠したいことがあるのかそうでないのか、エルジュさんは「……少し、長くなっても良いですか?」と断りを入れてから語り始めた。
「私は……魔法石を取り扱う専門家として、このストームマウンテンで営業しながらとある石を追っています。遥か昔から存在し、とても高い魔力を持った高等魔法石。その淡く吸い込まれそうなほと美しい蒼の色と石の持つ能力から、学者の間では“ブルー・メモリー”と呼んでいます」
「ブルー・メモリー……その能力とは?」
「想い出を具象化させ、それを見せて人を癒すことができる……それがブルー・メモリーの本来の能力です。……その力は高等魔法石に分類されるだけあって、その力はとても強く清いものでした」
 職業柄なのか、魔法石について楽しそうに語るエルジュさん。しかし、内容が過去形なのが気になる。そう思っていたら、彼女の表情に陰が入っていった。
「しかしある日、邪悪な存在がブルー・メモリーを手に入れ、その存在をも邪なものへと変えてしまったのです。想い出を……他人のパーソナルを構成する強い記憶を概念ごと奪うことで魔力を産み出す、悪しき道具に変貌してしまったのです」
 つまり、 死鬼 シーズン なる部下に想い出を集めさせ、その想い出を変換させて魔力を得ているのだろう。例の“主”……ゴマァブーラ、だったか。プフェッファーの部下か何かだろうか?
 エルジュさんは机から紙の束をごっそりと取りだした。
「これは……魔法石協会へ送られてきた、ブルー・メモリーによる犠牲者のリストです」
 こんなに……!?
「ストームマウンテンは麓の方に観光名所もあるからね……。想い出を奪われて廃人になってる人の方が多いだろうから、原因を突き止めるのも大変だったでしょ?」
 たかおかさんの問いに、エルジュさんは頷く。
「魔法石自体、文化が殆ど廃れてしまって研究者も殆どいませんしね……」
「それで、一人で調査してるわけなんですね。……しかし、感心しないなぁ。専門家として調査するにしても、貴女みたいな美人さんが一人でなんて……」
「今日、応援を要請するために出張がてら本部に行ったら、断られてしまいまして」
 成程、列車に乗っていたのはその帰りだったのか。
「なら、せめて護衛を雇うべきだ。例えば……ボクみたいな」
「いや、おまえはニートだろ」
 などというエマエダさんの突っ込みをそっちのけ、たかおかさんがエルジュさんの肩に手を回す。……こらこらこら、何をしているんだ!!
「……えっと……望んでいなくても、助けは来るんです」
 たかおかさんのセクハラから逃げようとしながら、エルジュさんは切ない表情をする。
 望んでいない、助け……。どういうことだ?
「邪魔だ」
 どすっ
「へぶっ!!」
 たかおかさんをどつき、彼を踏みつけながらこちらに歩んでくる者がいた。
 さっきの、青年。
「……ほら」
 私に渡してきたのは、一本の剣。私の剣だ。さっき、春鬼との戦いで折られた刃が、元に戻っている。
「あんたが……直してくれたのか?」
「あぁ……だが、ただの応急措置だ。この山を降りるための……な」
 なんだこの男。剣を直してくれたのは感謝するが、初対面の人間相手に見下すのは良くない。
「山は降りない。私達には、やることがあるんだ」
「……どうも茨の塔のお姫様は、睡眠が足りていないようだな」
「……何の話だ」
「ユリ=シュリーネ=アッサム。内乱があったあのアッサム国の次期王女……だそうだな」
『!?』
 私達は一同に驚いた。エルジュさんだけは、私の正体についてなのだろうけれど。
 しかし、この口ぶり……まるで誰かから聞いたようだ。まさかこいつ、プフェッファーの一味か……?
「……誰に私の名を!?」
「……」
 青年が答えないことにイライラしていると、エルジュさんが代わりに口を開いた。
「コール神の声が聞こえたのですね……カヌチス」
「……」
 ……なんだ? 情報が多すぎてついていけない。この男はカヌチスという名で、私の名をコール神から聞いて……? コール神……何処かで聞いたことがあるような……。
 それにこの二人、知り合いなのか?
「言う必要のないことを……しばらく見ない間に随分とお喋りになったな」
 カヌチスさんはエルジュさんに近づき、手をあげる。(ちなみにカヌチスさんの足の下には、まだたかおかさんが這いつくばっている)
 ぶつつもりか!?
「……」
 ……と思いきや、エルジュさんの頭を優しく撫でた。
「お喋りだが……綺麗になった」
 心なしか、凍てついたカヌチスさんの表情が、ほんの少し柔らかくなった気がする。しかしすぐにまた鋭い眼差しをこちらに向けてきたので、気のせいだったのかもしれない。
「剣を振るう理由は、国を奪った者への復讐心か?」
「な……」
「コール神から聞かなくとも、剣を手にしていたおまえの目を見ればわかる。ただ目の前の敵に向かっていくだけで……それ以外は何も見えていない。そんな奴が剣を握っても、また剣を殺すだけだ」
「……」
 完全に否定はできない。想い出を奪われて戦意を喪失したのだ。プフェッファーやその手下を倒すことが力の源だと言っても、過言ではない。
 だが、戦う理由はそれだけではない。ようやく私は思い出した。
「私には……国を守る使命がある」
「……」
「己の国の民を取り戻し、守りたい。その為に、剣を振るい続ける」
 カヌチスさんは私をしばらく見た後、ドアに向かって踵をかえした。
「おまえが動いたところで、国は救われねーよ」
「なんだとっ!?」
「おまえが動かずとも、俺の野望のついでに……事は解決する」
 ……どういう意味だ?
「……カヌチス、貴方やっぱり……!」
 エルジュさんが止める間もなく、カヌチスさんは部屋を出ていった。
 ……何なんだあの男は。
「エルジュさん、あんたの知り合いのことを悪く言うのはよろしくないし、彼の言っていることは間違っていないが……あの態度はいただけないぞ」
「なんだよあの男! 唐突に現れて微妙に噛み合ってない会話して出て行ったし! しかも何、『お喋りだが……綺麗になった』とか……おまえの方がセリフ長かったじゃないか!! イケメン爆発しろ!!」
「……ごめん、どうでも良いシーンっぽかったんで聞き流してました」
 私達がきゃんきゃん騒ぐのを聞き、エルジュさんが苦笑する。
「ごめんなさいね。彼……カヌチスは子どもの頃からあんな感じで」
「幼なじみ……なのか?」
「そんなところです」
 エルジュさんが目線を配らせるのにつられ、私も本棚に飾ってある写真立てを見る。写真には二人の子どもが、老人と写っていた。子どもはエルジュさんとカヌチスさんと思われ、老人はなんとなくエルジュさんに似ている気がする。さっきの夢のせいか、この優しそうな表情がじぃを連想させる。
「孤児だったカヌチスは、私の祖父に引き取られました。私の家系は代々刀鍛冶を生業にしていて、カヌチスはおじいちゃんの仕事場を見るのが大好きでした」
 「その頃、私は魔法石に興味を抱いたんですよ」懐かしそうに微笑んでいたエルジュさんの表情が、一転して曇る。
「カヌチスは……うちに来た時から、見たこともない物質で出来たペンダントを持っていました。お爺ちゃんは何か知っているようでしたが、ずっと教えてくれなくて。そして、ある日……カヌチスは行き先も言わずに家を出て行きました。後を追おうとする私をお爺ちゃんは止めて、ようやく真実を教えてくれました」
 カタン、と写真立てが倒れた。
「……かつて、ヘグリという国が存在したのはご存知ですか?」
 ヘグリといえば、古代文明期に栄えた国で、今その土地はナーラという国の一部となっている。数々の神話や伝説が残されており、中でも最後の王マトリの武勇伝は有名だ。
 ……まてよ。確かヘグリではとある神が崇拝されていた。その神の名は……コール神。
「……まさか」
「お察しの通り、カヌチスはマトリ王の末裔です」
 私は驚いた。マトリ王が実在していたことよりも、あの無礼な男が英雄の子孫であることに。子どもの頃のヒーローだったのに……。
「マトリ王は、いずれ国を救う英雄になるというお告げを受けて産まれました。お告げ通り、マトリ王はコール神の加護を受けた勇者へと成長し、異界から襲いかかってきた巨悪から民を救いました。……しかし、ヘグリ王家は、マトリの代で終わりを告げました」
 そう。マトリ王は世継ぎにする子を儲けることができなかった。なぜならコール神の庇護の力は、その子孫にも受け継がれるからだ。
 勇者の力と、その力を得た代償である“脅威ある場所向けて放浪し、立ち向かわなければならない”運命を……。
 もはや王として国を統治することは不可能と考えたマトリ王は、子を作らなかった。血族でしか王位に継げない仕来りもあり、結果としてヘグリ王家は絶えてしまった。
 ……と、私がじぃから聞いたのはこんな感じなのだが。
「マトリ王は、子を残していました。『ヘグリ王家が絶えたとしても、世界を守る存在を絶やしてはならない』という王妃の願いでもありました。彼の子孫は、世間から姿を消した王と王妃……二人の希望の種となったのです」
 ……あぁ、そういうことか。私の「国を守りたい」という希望と意志を否定してきたのは―――刀鍛冶としての剣への想いもあったのだろうが―――祖先であるマトリ王と重ね合わせていたからだ。お告げにあったとは言え、国を救ったつもりが王家を絶やしてしまった。守り方を……誤ってしまった。否、それが間違っているかどうかすら、私にはわからない。
「カヌチスは……この運命を受け入れるどころか、利用して……より強い者を斬ることで、より強い刀を造ろうとしています。恐らく今回も、ブルー・メモリーや邪なる者を退治しに来たのでしょう」
 全てはただ剣を造るがため……人に厄をもたらす者を滅ぼす勇者の血に導かれる刀鍛冶……か。
「けれど……ブルー・メモリーほどの莫大な力を取り込んだ それ は、彼が思っている以上に恐ろしい存在なんです。とても一人では敵わないでしょう」
エルジュさんは頭を下げる。
「素性を伺った上で貴女のような御方にこんなことを頼むのは無礼だということも、そうでなくとも義理がないことは承知です。彼の態度だって気にくわないかもしれません。けれど……どうか、どうか彼の援護をお願いできないでしょうか?」
 あくまで援護……か。まぁ、あんな醜態を晒してしまっては仕方ないな。
「頭を上げてくれ、エルジュさん。今の私は一介の剣士にすぎないわけだし、私だってそんな脅威を放っておけないと思っている。……ただ、一つ訊いて良いだろうか?」
「……何でしょう?」
「あんたはカヌチスさんの身を守りたいと願っている……と同時に、あのブルー・メモリーも救いたいと思っている。違うか?」
「……ユリさんには敵いませんね」
 エルジュさんは寂しそうに、両手を祈るように絡ませて話を続けた。
「魔法石は生きていると思うんです。ううん、生命が宿っているかどうかじゃなくて、一つ一つにきちんと“意味”があると思うんです。あの石だって、本当は優しい存在だから……本当はあの子のこともなんとかしたい、けれど……」
 石の意味……か。
 私は思わず胸元に手をあてた。懐にしまってある巾着袋と、石の感触。アッサムを共に救う使命を持つ、 虹石 レインボービーズ の鼓動を感じた気がした。
「……けれど、じゃない。全て救えば良い」
「そんな……無理ですよ。カヌチスがあれらに勝てる保証だってそもそもないのに……その上ブルー・メモリーまで救うだなんて」
「だからこそ私達が援護する。……だろ?」
「……」
 エルジュさんは何か言いたそうにしていたが、何も言わないので話が進まない。
「エマエダさんも、一緒に来てくれるか?」
「……ていうか、 妄想自演工房 ファーム はまだ取り戻せてないし、元からそのつもりだよ」
 あれ? たしかあの時、エマエダさんにも光が戻されていたよな……?
「どうやらマイたんの想い出は分割されちゃってるみたいだねぇ〜」
「……つまり、うちに返してもらったのがごく一部なわけで……ボス倒すまで 妄想自演工房 ファーム を完全に取り戻すことが出来ないっぽい。けっして話の展開の都合とかじゃなく……ね」
 「こちらこそ、もう少しお世話かけます」とエマエダさんは私に頭を下げてきた。
「いやいや、それなら良いんだ。……で、たかおかさんはどうする?」
「もちろん、着いて行くに決まってるじゃないか〜!」
 予想通りの答えを返しながら抱きついてくるたかおかさんを抑えながら、私は訊ねた。
「今度はちゃんとお手伝いできる?」
「もちろんだよ、お母さん! ね〜、にんじん君」
 自称ユリの子はサバイバルナイフを取り出し、無邪気に会話する。
 ……まぁ、この人は良いか。
「ということで、私達三人はカヌチスさんの後を追う。どんな苦境が待ち受けようが、全てを救ってみせる。だから……安心して、彼の帰りを待っていてくれ」
 私が言葉を告げると同時に、エルジュさんの瞳から涙がこぼれた。
 美しい、魔法石のような涙。
「ありがとう……ございます」
 まったく……美しい女性を泣かせるなど、ナコク王の子孫―――否、刀鍛冶はつくづく罪な男だ。



ユリ達一行が発った後、エルジュは一人写真を眺めていた。懐かしそうに、愛しそうに、そして悲しく切なそうに……。
「これで……良かったのよね」
彼女が望むのは、カヌチスとブルー・メモリーの保護。それ以外はどうなっても良い。
そう思っていたはずなのに、彼女は後悔していた。
「ユリさん……ごめんなさい……。どうかご無事で……」

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