◆其ノ三

列車は、次の駅で停車した。ダークストロガノフ団はその土地の警察部隊に逮捕され、ランディーン列車トレインジャック事件は無事に解決した。
 私達は警察からの事情聴取から逃れ、平原を歩いていた。
「あーあ、ここから徒歩でストームマウンテンまで行かなきゃいけないのかぁ〜」
「当初の予定よりはずいぶん近づいているんだ。頑張ろう」
 口を尖らせるたかおかさんを、私は励ました。
「シュリーネさん、そういうことを言うと……」
「やっさしいなぁ〜りっちゃん! さっきボクを助けにきてくれた時もかっこよかったし、さすがボクの嫁!! 結婚しよう」
「……こいつすぐに図に乗るから、適当なところで殴っといた方が良いよ」
 ……仲間を殴るのは気が引けるが、エマエダさんの言う通り一度殴った方が良いかもしれない。この癖は悪いものではないと思うが、先みたいにまた危ないことになるかもしれない。
 殴ろう。たかおかさんのためにも。
「あの……」
 作られた拳は、背後から聞こえた声によって弱められた。
「貴女は……」
 振り向くとそこには、ウェーブがかかった淡い桃色の髪の女性が立っていた。背中にはパンパンに大きく膨らんで重そうなリュックサックを背負っている。
 この人は……さっき、ストローク団に捕まってて、たかおかさんと代わりに解放された人だ。
「その……先程は、ありがとうございました! 私の代わりに人質になって頂いた上、犯人を撃退してくださって……」
「いえいえ、美しい女性があんな危ない男の手の中に捕えられているのが我慢ならなかったんです。気にしないでください」
「いえいえ、この馬鹿が自己満な茶番をやりたくて勝手にやっただけなんです。気にしないでください」
「んもう、マイたんったらまた嫉妬しちゃうなんて。ほんと可愛いんだから☆」
 エマエダさんは己に頬擦りしてくる気持ち悪い男の腹に蹴りを入れる。……先程まで殴ろうとしていた私が言うのもなんだが、容赦ないな。
「それで……お礼を言いに来てくれただけじゃなくて、うちらに何かご用なんでしょ?」
「えっと……」
 たかおかさんとエマエダさんのやりとりに軽く戸惑いながらも、女性は話を切り出した。
「ストームマウンテンに向かわれると聞いて……良かったら、お礼も兼ねてお送りさせてくれませんか?」
 送る……?
 言葉の意味がわからないと顔に出ていたのか、女性は慌てて自己紹介をした。
「私、ストームマウンテンで魔法石屋を営んでいるエルジュと申します」
「魔法石?」
「その名の通り、魔力を帯びた石のことです。ご存知ないですか?」
 エルジュさんは私に微笑むと、リュックサックから一つ銀色にかがやく宝石をとりだした。それを高く持ち上げ、呪文を詠唱する。
「…………《なき幻を映すべし……“ 金剛の幻想 ダイヤモンド・イリュージョン ””》!」
 彼女の呪文に呼応し、宝石がまばゆい光を放った。その光は様々な色や形―――蝶や花のような―――を変えながら、見る者を虜にする。
「綺麗だ……」
 私は感嘆の溜め息をついた。
「感動魔法……ですね」
「その通りです」
 エルジュさんの手の中の宝石が、光を失う。宝石はただの石に変わってしまった。
「魔法石は、魔法を手助けする自然界のアイテムです。詠唱さえ唱えることができれば、魔力のない人でも魔法を使うことができます。人が使えるように多少加工してあるので、消耗品になってしまうのですが……」
「指輪に加工はできないんですか?」
「できますけれど、消耗品には変わりません。あと、なんとかタッチヘンシーンもできません」
 「時代は鎧とフルーツか……」と残念そうな顔をするたかおかさんは放置するとして。この世の中に消耗しないアイテムなんてあまりないと思うが、成程。こんなアイテムが存在していたのか。……いや、似たようなアイテムに心当たりがなかったわけじゃないが……。
「『ストームマウンテンに行かなきゃ』という話は勝手ながら聞かせていただきました。この魔法石の力で、ストームマウンテンまでお送りさせていただけませんか?」
 私達の中には転移魔法を使える人はいないし、使えたとしてもストームマウンテンまで移動できる可能性があるのは、その山に行った経験のあるエマエダさんだけだろう。
 だから、とてもありがたい話なのだが……。
「良いんですか? そんな商売道具を使わせていただいて」
「いえ、どうせ私の帰り道でもありますし!」
「良いじゃないの、せっかくのご厚意だ。ありがたく乗せてもらおうよ」
 おそらく楽することしか考えていないであろうたかおかさんが、私をなだめるように言う。
「……では、お願いしようかな」
 エルジュさんはニコリと微笑んで、また一つの魔法石を取り出した。
「では、私の傍に来てくださいね。……《我が望む地へと運ばん……“ 飛行転移 ル●ラ ””》!!」
 ……あれ、なんか違う世界の呪文っぽいんだが。



 ラダ●ーム城でもアリ●ハンでもなく、到着した場所は私達が目指していたストームマウンテン。竹林に覆われたこの竹山に、エマエダさんの想い出を奪ったプフェッファーの手下がいるのか……。
「ボク的には、“ 飛行転移 ワ●プ ”って名前の方が良かったなぁ」
「うち的には、“ 同行 アカンパニ● ”……かな」
 ……この二人の話が斜め上すぎて、私はついていけなかった。
「えっと……この先に私の店があります。まずはそこで一服なさってください」
「あ、いえ。うちら、できれば早く用を済ませたいので。これ以上のご厚意は結構です」
 エマエダさんの表情は……国を取り戻したい私にだからわかる。「早く帰りたい」というものだ。
「そんなこと言わずに! 私の店の魔法石でも見て、ゆっくりなさってからでも良いでしょう? 魔法石って、揃えといて損はないですよ」
「……あの、エルジュさん。もしかして、それが目的だったんですか?」
 私の言葉に、エルジュさんがビクリと反応するが、すぐに笑顔を作る。
「ま、まさか! 私はただ、あなた方の助けになりたいだけです!! 別に貴女方のことを良い金づるだなんて、思っていませんから!!」
そう、なのか……?
「まぁまぁりっちゃん。エルジュさんの言うことにも一理あるよ。今ボク達の中には魔法使える人間がいない。せめてマイたんの想い出を奪還するまでは魔法石をいくつか所持してても良いと思うよ」
 そう言いながら私の腰に手を回すたかおかさん。……一々こういうことしないと話せないのだろうか。
 今度こそ殴ろうと思った時、またしてもこのエルジュさんという女性は介入してきた。それは「カモを見つけた」という事でもなく、たかおかさんの言動にドン引きしたわけでもなく、意外なワードに反応してのことだった。
「……待ってください。想い出って……感想の想って書く、あの“想い出”ですか?」
「え……あの……はい」
「誰が奪われたんですか?」
「……うちです」
 エマエダさんが静かに手を挙げたのを見て、エルジュさんは「そう……」と悲しそうな表情を浮かべた。
 一体、どうしたというんだ……?
 大丈夫ですかと声をかけようとした、その時だった。

『コォァァァァァァァァァ……』

 雄叫びと共に、嫌な気配が流れこんできた。嫌な気配は、周りを囲んでいる。一や二ではない。かなりの数だ。
 魔物、だ。
 私は剣を抜き、構えた。
 エマエダさんとたかおかさんは、エルジュさんの傍に寄り、護りの体勢に移る……っておい。
「エマエダさんはわかるんだけど、なんでたかおかさんまで守備に入ってんの?」
「だって、女性を護るのは紳士の役目だし」
「……私も女性なんだけどな」
「わかってるよ。何せりっちゃんは、ボクの本妻だからね」
 ……なった覚えはないんですが。
「奴等の力量は、気配でわかる。キミの力なら、凪ぎ払えるさ」
 ……そうかな。だけど、そんなこと言ってたらいつまで経ってもプフェッファーを倒すなんて夢のまた夢だ。
 私は静かに息を吐いた後、おもいっきり吸った。
「隠れていないで、来るなら来い!」
 私の覚悟を聞くなり、魔物達が一斉に襲ってきた。額に折られた角のある、犬のような魔獣だ。
 四方八方から襲いかかってくる魔獣達を、私は円を描くように凪ぎ払った。
(―――弱いッ!!)
 ザシュッッッ!!
 魔獣達を吹き飛ばすことができたが、休んでいる暇はない。続けて剣を振るう。
「はあああああああっ!!」
 ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!
 ……が、いっこうに数は減らない。
 これだけの数が群れとして成り立っているんだ。どこかに……リーダーとなる魔獣がいるはずだ。
(―――!!)
 見つけた。群れの奥に、一頭だけ角の折れていない魔獣がいた。吠えているだけで、攻撃して来ない。やつが司令塔だ。
 ダッ!
 私は魔獣を踏みつけて駆け出し、司令塔へと狙いをさだめる。
「るああああああああッ!!」
 カキィィィィィン!!
 高い音が、竹林に反響する。司令塔の角を、折ったのだ。
『キャウウウウウウウウンッ!!』
 角の折れた司令塔は、苦しみながら逃げていった。他の魔獣もそれに続いて逃げていく。司令塔を失ったあの群れは、もう集団で誰かを襲うことはできないはずだ。
「か……かっこいいい! さっすがりっちゃん! 抱いてええええん!!」
 たかおかさんがタコの口をしながら迫ってくるのを、私は彼の顔面を抑えることでがしりと止めた。
「まだ終わってないだろう! 邪魔をしないでくれるか!?」
「……終わってない?」
 疑問符を浮かべているところ、エルジュさんは気づいていないようだ。
 そう……まだ何者かが、そこにいる。
「誰だッ!!」
「フ…… 鬼狂犬 キョウケン どもの襲撃を返り討ちにするとは……人間といえど、甘く見ていたということか」
 竹林の陰から姿を表したのは、身の丈三メートルはあるであろう大男だった。隆々とした筋肉とその身にまとう黒い氣……そして短い翠色の髪から(私から見て)右に生えた大きな一本角は、私達に圧倒的な強さと邪気を感じさせる。
「数日ぶりだな……召喚士の小娘よ」
 目を黒い布で覆っているため視線はわからないが、おそらくエマエダさんへ向けて言った。
「……どちらさんでしたっけ」
 本当に心当たりがないようなエマエダさんの反応に、大男はまたフッと笑う。
「無理はない……あの時の それがし は、先の犬どもと変わらぬ獣の姿・獣の思考であったからな。礼を言おう……おまえの想い出を主へ献上したおかげで、某は更なる力を与えられ、完全体へと変わることができたのだ」
 主……だと?
「……まさか。 妄想自演工房 ファーム ”を盗った、あの魔物……?」
「お主はそう呼んでいるのか……だが、その通りだ」
 その瞬間、エマエダさんは物凄い形相で男を睨みつけた。
「ふざけんな。 妄想自演工房 ファーム ”返せ」
「ほう……想い出を奪われたわりには、威勢の良いことだ。おまえの想い出は自己形成世界……だったか。新しく作り出すことくらい可能であるだろう。……その時は、また搾取し主に献上するだけだがな」
 不敵な笑みを浮かべることもなく、男は淡々と続ける。
 先から主という言葉が気になる……。
「たしかに練るのはまだまだ余裕さ。でもだからって、いらないわけないでしょうが。キャラが被らないようにしたり、設定もそれなりにこだわりもあるからそれを解消するのに試行錯誤したりで悩んだりすることもあった。キャラに縛りを入れて詰んだこともあった。色々考えたんだ。あの世界には……うち的に美味しいキャラがまだまだ残ってるんだよ……」
 ……エマエダさんの……創造主の心中を正確に察することは叶わないだろう。……だが、これだけは言える。
 エマエダさんは、大切なものを奪われて苦しんでいる。人の大切な想い出を奪って良いはずがない!
「……そうか。所詮、人間と鬼では抱いている概念が違う。……わかりあえる存在ではない、ということだ」
 男は両手を広げ、「どこからでもかかって来い」という体勢になる。なめた真似を……!
「……では、某を倒してでも取り返せば良い」
「……言われなくても」
 私は剣を構え直し、男と対峙する。
「某の名は 春鬼 シュンキ ”! 鬼人王ゴマァブーラ様に作られし 死鬼 シーズン ”が一頭なり!!」
「うぉぉああああああ!!」
 私は春鬼に向かって駆け出し、おもいっきり剣を振り下ろした。腕が斬り落とされ、嫌な血飛沫を浴びる……はずだった。
 ガチィィィィィィィィッ!!
(―――硬いッ!?)
 鋼よりも硬いであろう奴の腕を打った反動で、腕が痺れる。
「……それで終わりか?」
「ッ……まだまだァ!!」
 私は怯むことなく剣を振るい続けた。しかし、その刃が肉を切り裂くことはなかった。
「……軽い」
 春鬼が冷めた声で呟き、腕を伸ばした。
 ジュワワワワワワワワッ!!
「―――ッ!!」
 一体何が起こったのかわからなかった。感じられたのは奴のうでから発せられた黒の波動と、背中の痛み。
 気がつけば、春鬼が遠ざかっていた。
 ……否、違う。
 私は奴にこの太竹まで飛ばされたことを、ようやく理解した。
「軽い……軽すぎる。某の覇気だけでその様よ……さすが人間、と言ったところか」
「まだ……ッ……まだだ!!」
「……力量をわきまえよ、小娘。己の剣を見てみるがいい」
 私は立ち上がり、剣を構え―――ようとした。
(!!)
 刃が、折れていた。
 いつ折れたのかは、わからない。
「某を斬る最後のひと振りにはもう、その刃は折れていた」
 私の心を察したかのように、静かに春鬼は続ける。
「小娘よ。貴様の実力はその程度ということだ」
「……ッ」
「貴様の想い出……頂戴させてもらう」
 身体全体の筋肉が、さらに膨れあがる。上半身の服らしきものは破け、皮膚は翠の体毛に覆われていく。
 力をセーブし人に近かった姿は獣人―――奴の言葉を借りれば鬼―――の姿へと変貌する。
(……!!)
 私は動くことができなかった。震えていた。恐怖していた。
 仮の姿だけでも、あれだけの力の差があったと言うのに。剣があの身体に突き刺さることすらなかったと言うのに……!
 身体から……頭の中から、何かが抜けていくのを感じた。
 私は……なんて愚かだったのだろう。こんな非力な存在で、こんな化け物に……プフェッファーに挑もうとしていたのか。

 ……あれ?なんで挑もうとしていたんだっけ?

 何のために、私は恐怖している?

 ……思い当たらない。意味がないんだ。

 意味もないのに、こんな怖い思いはしたくない。

 こんな戦い、やめてしまおう。





 ザシュッ!!


「な……!?」
 突然肉が斬れた音がして、私は絶命したのかと思った。しかし、先程の背中の痛み以外は何も感じない。
 目の前を見ると、大木のような腕が一本落ちていた。その上に、赤黒い体液がソースのようにかけられていく。
 春鬼は右腕を斬られ、斬り口からは止めどなく血が噴き出していた。
「ぐ……ぁっ……」
「聖なる氣を帯びた一太刀だ。おまえの命はまもなく尽きる」
 春鬼の巨体に隠れて見えないが、誰かいるらしい。声からして、若い青年。
「この……忌々しい聖なる氣は……貴様、勇者だな?」
 勇、者……?
「勇者ァ? 冗談。俺は……」
 ザザザザザサッ!!
 空を振るわせる音は聞こえた。しかし視覚的にとらえられたのは、春鬼が全身から血を噴き出すという結果だけであった。
「……ただのしがない刀鍛冶さ」
 亜麻色の滑らかな髪に琥珀色の鋭い瞳。卵大の石のついたペンダントを首からさげた剣士風の男が、刃を振って濡れた血を落とした。
「刀鍛冶、だと……? そのような戯言は……その洗練された殺気を……鎮めてからにしろ……」
 春鬼は血を吐きながら、さらに黒い氣を高めた。魔力風が吹き荒れる。血だらけになってもなお、勝てる気がしない覇気。
「貴様のような脅威を……ゴマァブーラ様の元へ行かせるわけには……ッ! 某が、この命を以てしても……貴様を……ッ!!」
「興味ない」
 男の首にさげられたペンダントが光りだす。その光は男を包み、美しい剣を更に輝かせた。
 剣ではない。あれは……刀?
 刀を槍のように構えてからの聖なるひと突きが、春鬼の金剛石よりも硬い左胸を貫いた。
「グァァァァァァァアアアアアアアアア! ゴ……ゴマァブーラ様ァァァァァァァッ!!」
 光に包まれた春鬼は石化した後、塵と化していく。塵からは蒼色の光が漏れ、エマエダさんと……私の元へ飛んでいく。

 トクン。

(あ……)

 目まぐるしい情報が、頭の中を駆け巡る。一つ一つが私の体内のあるべき場所へと還っていくのを感じた。

 暖かい。けれど、苦しい。

 渦に飲まれていくように、私の意識は絶望と安心感と自己嫌悪が入り雑じった無の中へと堕ちていった。

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