◆其ノ二

身仕度を整え、いざストームマウンテンまで歩まんとしていた私達だったが……やはり早く目的地に向かおうということで、私達はランディーンという名の列車を利用することにした。
「ていうか、三十キロほど歩いたところで『足が疲れた〜』だの『日光に当たりすぎて霧になる〜』だの駄々をこねだす約一名が本当の原因だよね」
「お米運んでる農家のおじさんが手ぇ振ってる!! いつも美味しいご飯をありがとう〜!!」
 エマエダさんの溜め息をそっちのけ、窓から手や頭を出して無邪気に手を振る約一名さん。
「ごめんねシュリーネさん。あまり人の多い場所は避けてるのに」
 フードを被り直していると、エマエダさんが声をかけてくれた。プフェッファーの手に堕ちたアッサムから追われている私は、こういう人の多い場所ではフードを目深に被らなければいけない。どこから刺客が来るかもわからないし、今はできるだけ接触を避けたい。今は……。
「気にするな。彼も想い出奪還に協力すると申し出てくれた仲間だ。あの砂漠の中放置するわけにもいかない」
「ん……」
 なんだかんだ言って、エマエダさんもたかおかさんを放っておけなかったようだ。
「エマエダさんこそ、停職中であまり無駄遣いできないんじゃないか?」
「や。うちは早いに越したことないから、シュリーネさんさえ良ければ大丈夫。どっちかってーと早く 妄想自演工房 ファーム ”取り返して、未だクリアしてないゲームやりたいし」
「……あれ、たかおかさんのためじゃないの?」
「えっ」
「えっ」
 しばらくの沈黙が続いた後、エマエダさんがコホンと咳払いをした。
「……まぁ、あの頃よりは明るくなって良かったんじゃない? たかちゃん」
「……そうだな」

 私はスクール時代のたかおかさんを思い出す。……本当に、たかおかさんは明るくなった。あの頃は人と距離を置いていたからな……いや、置かざるをえなかったというか。
しみじみとたかおかさんの成長に感動していた、その時だった。

 ばきゅぅぅぅぅぅん!!

 突然の銃声に驚き、思わず剣を構えた。
 
ばきゅぅぅぅぅぅん!!

 乗客達の叫び声が、二度目の咆哮と男の声で鎮まる。隣の車両から来たのであろうその男は、たくさんのチンピラを率いていた。
「静かにしろ!! この列車は我々極悪軍団ダークストロンゲスト団が乗っ取った!!」
 「ネーミングセンスゴミ以下だろ」と言いかけたエマエダさんの口を、私は慌ててふさいだ。
 男は近くに座っていた女性の腕を引っ張り、自分に引き寄せ頭に銃をあてた。
「おまえら下手な真似をしてみろ、一人ずつぶっ殺してやる!!」
「いやああああああああっ!!」
「うるせぇ!!」
 銃口を彼女の口にあて、男は無理矢理黙らせた。
 女性になんてことを……っ!!
 しかし飛び出そうにも男と人質が近すぎて手出しできない。戦士職を生業にしていそうな乗客は他にもいるが、私と同じことを考えているようだ。魔導師さんもいるが、チンピラどもが見張っていて呪文を唱えることができない。
「戦士どもは武器をこちらに渡せ!! 魔導書も全部だ!!」
 私を含めた者は皆、悔しい思いで武器を渡した。
 剣を手下の一人に渡すと、たかおかさんが私の肩をつかみ、そのまま立ち上がった。
「なんだてめぇ、座ってろ!!」
 先まで余裕の表情を浮かべていたたかおかさんは、涙を浮かべ、怯えている。二十一にもなろう男が、涙を浮かべて怯えている。
 ……いや、怯えたフリをしている。
「だ……だって、人質のおねーさんが可哀想じゃないか!」
「そう思うなら妙なことをするな!! この女の頭に風穴開けんぞ!!」
 そう言いつつ、この男の女性の捕らえ方……なんだか、いやらしい。本当に最低な男だ!!
「だから……ボ、ボクが人質になるよ!!」
 ……その手があったか。
 手下は男を見る。男はしばらく考えた後、顎で指示を出した。手下はたかおかさんの体を触り、武器を隠し持ってないことを確認する。
「持ってないよぉ!! ボク、職業:不明だもん!!」
「なんだ、ニートか。ふむ……ひょろいし弱そうだし範囲内だし……」
 範囲?
「……まぁ、良いだろう」
 たかおかさんはおそらく、自分が人質になることでリーダーの傍に行き、成敗するつもりなのだろう。言ってくれれば私がやったのに……と思ったが、やはりあの腕の中に向かうのは申し訳ないが気が引ける。
 それに、たかおかさんはあぁ見えて強い。ちょっぴり……いや、かなり危ない技だって使える。明るくなった今のたかおかさんなら、正しくあれを扱えるだろう。
「良かったなァ、あんちゃん。ボスが面食いの両刀使いでよぉ。その顔なら、人質としては大事にしてもらえるぜェ」
 身体検査をしていた手下が、たかおかさんにささやいた。
「両刀……? どう見ても銃を使っているぞ」
「……シュリーネさんは、たかちゃんの要求がのんでもらえたことだけ理解すれば良いよ」
 私の独り言に、エマエダさんが小声で返す。
 女性が離れ、たかおかさんが代わりに腕の中におさまる。……さて、お手並み拝見といくか。
「今、車掌のところに俺の手下を向かわせた。鉄道協会に俺達のことはもう連絡を受けているはずだァ。この列車は今からサドルマウンテンの麓駅へ向かう。そこの駅で俺達が金を駅員から受けとることができれば、おまえらを解放してやる」
 嘘だな。ストームマウンテンの方向とは真逆に位置するサドルマウンテンは、多くの魔物やテングといった人ならぬ生物が多く住んでいる上、地理が複雑になっている。入った者は二度と生きて出られない樹海なのだ。
 しかもこの男ども、解放すると言いながら顔を隠していない。つまり、客を黙らせるための方便だ。
 くそ……人質さえ離れていたら……って、人質はたかおかさんと交代しているんだった。あの人何やってるんだ?
「……あの、ボスさん。……そこ触るのやめてもらえませんか? なんか恥ずかしいんですけど……」
「あ? 自分から来たんだろうが! ブッ殺されてェか!?」
「……サーセン」
 演技に飽きたのか元の調子ではあるが……なぜ行動を起こさない。
 と、ここで彼と目があった。
 すごく……期待の眼差しを向けています。
「……誰得だよこのシーン」
「ん?」
「……じゃなくて。……たかちゃん、シュリーネさんの助けを待ってるんだよ」
 手下が遠ざかるのを見計らいながら、エマエダさんが舌打ちした。
 ……は? 私が、たかおかさんを……?
「おおかた、『白馬の王女さま〜助けて〜』ってシチュエーションを味わいたいんでしょ」
 ……いやいやいや、この状況で!? さすがにそれは……たかおかさんなら、あり得るか……。
「けど、私もこの距離から向かうのは無理だぞ?」
 途中で他の乗客に危害が加わるかもしれない。乗っているのは、戦士職の者よりも一般の人の方が多いのだ。
 手下がこちらに近づいて来る。
 エマエダさんは、黙って私の脇腹に手をあてた。
 服の中に、何かの感触。
 外側からつかんでみると、どうやらサバイバルナイフのようだ。
 もしかしてこれ……たかおかさんのか?
「いつの間に……」
「他の戦士の人もたかちゃんを弱っちいと思ってるのか動けないみたいだし……後はシュリーネさんしか、こんなことできないよ」
「……」
 彼もまた……私を信頼して託してくれたということか?
「……エマエダさん、協力してくれるか?」
「もちろん」
 その信頼……受けようじゃないか。
 手下が私達の席の真横を過ぎると同時に、エマエダさんは私からサバイバルナイフを受け取り、鞘から取り出した。歯こぼれした、切れ味の悪そうな刃が現れる。たかおかさんはこのナイフを“にんじん君”と呼んでいる。見た目と名前通り、実はこのナイフ切れ味がめちゃくちゃ悪く、武器としては頼りない代物だ。
 エマエダさんはそっと私と席を交代し、たかおかさんや男がいる方向を前に座る。私が座っていたそこは、今通りすぎたチンピラの陰になって死角になっているだろう。
 私は、座席に足を乗せ、視線をある方向へ向けて集中する。
 ひゅんっ!
 風の音を聞いた。エマエダさんが、男へ……否、男の後ろの壁目掛けてナイフをおもいっきり投げたのだ。
 失敗すれば、すべて終わりだ。一か八か……。

 ズポッ!!

 ナイフが刺さった音と共に、私は座席から飛び出した。
「なんだァ!?」
 ナイスコントロール! 皆、壁に刺さったナイフに気をとられている!!
 私はすぐさま、先程手下に没収された剣目掛けて飛び込んだ。これまた幸いに、剣は男の足元だ。
「てめ……」
 反射的に、男は足元にいる私目掛けて引き金を引こうとした。すかさず男の手首を、たかおかさんが強く握りしめた。
「っ!?」
 細い腕から思わぬ力を感じたからか、男は銃をうっかり落としてしまった。
 私は勢いそのまま男の喉元へ剣先をつきつける。これで手下は身動きできない。
 形勢逆転、だな。
「おまえらの敗けだ、ダークストロベリー団。乗客を解放しろ」
「ダ……ダークストロンゲスト団だ……」

第一章  目次へ  第三章



壁紙をお借りしました。