◆其ノ一 本編なんてなかった

 昔々―――と言っても、君達の世界ではその頃携帯電話でテレビが観られるようになった頃だったし、君達の知らない世界では猫型ロボットが生まれている頃だから、“昔”とは一概に言えないかもしれないけれど。この物語においては“昔々”の話―――剣士や魔導師が職業欄に載っているような時代。魔力を持った異形の人為らざる者どもがそこかしこに蔓延るこの世界に、かつてアッサムという豊かで平和な王国が存在した。しかし、黒将軍プフェッファーに支配されたことにより、王家の者は幽閉され、アッサムの民はプフェッファーの独裁政治により苦しい生活を余儀なくされてしまった。貧しい者には税を課せられ、プフェッファーを支持する者だけが高い役職に就き、肥やしを得られる。国のどこからでも見えた美しい自然は刈り取られ、山に流れる川も大気に流れる魔力も枯れ果ててしまった。かつてのアッサムは、既にそこにはない。
 世話係の命を懸けた施しにより一人アッサムを脱することができた次期女王・ユリ=シュリーネ=アッサムは、己を鍛えて王国を取り戻すことを決意し、女剣士として成長していく。
 かつての友人達とも再会し、ユリは仲間と共に巨悪へと立ち向かうのだった。


 ……という物語が先程生まれたわけだが、今回はあえて外伝から読んでいこうと思う。なぜかと訊かれ強いて説明するならば、「この話を早く“物語”として確立させたいから」だろうか。具体的に説明することはできないけれど。
 この話が君が求める“存在の証明”に役立てられることを祈ろうと思う。私のような見ず知らずの人間の話を一方的に聞いてもらえるのであれば……ね。
 私かい? 強いて言うならば、君達と同じ“読み手”……否、それすら 烏滸 おこ がましいな。通りすがりの“案内役”と名乗るべきか。“語り部”? とんでもない。私にはそんな大役をこなせる力量はないよ。……もう、私の事はどうでも良いだろう? 早く物語のページをめくろうじゃないか。

 この物語の語り部の名は……ほら、あそこに少女が見えるだろう? あの肩まであるウェーブのかかかった黒髪の、漆黒のコートに身を包んだ可愛い子だよ。……いや、美人さんと言った方が正しいか。
 彼女こそが、国を取り戻すために剣を振るう姫君・ユリ=シュリーネ=アッサム。彼女の瑠璃色の瞳に、物語が映るわけさ。

 さあ、覗いてみようか。彼女達の絆の物語の、その一部を。



眼鏡の少女は、部屋の中の光景を見た途端に、開けた扉を閉じようとした。
 多分かなり驚いたことだろう。部屋に入ったとたん、二人の友人がどう見ても「ベッドの上で何かしらの営みをする直前の体勢をとっていたのだから。だが、この状態の私を置いて行かないで欲しい。
 どうしてこうなったのか……。宿に戻ったら「久しぶりだね」と彼がベッドに腰かけていて、いきなり私の腕を引いきて……。いや、これは彼なりの挨拶であって、そういったお子さまお断りな場面ではない、はずなんだ。本当だ。信じてくれ。
「どうせ“たかちゃんの行き過ぎた悪ふざけ”……でしょ?」
「……ありがとう、エマエダさん。状況を読み取ってくれて」
 後から入ってきたわりに状況を素早く理解し、説明を一言でまとめてくれた彼女―――マイ=エマエダさんは、王国立ナノハナスクール以来の友人である。茶色がかかったセミロングのボブカットに眼鏡と明るい朱色の魔導服がトレードマークの彼女。この服は“召喚士”という魔導系戦士職の者が着るものだ。
 エマエダさんは名の知れた貴族の長女ながらもその特権を放棄し、召喚士という戦士職で生計を立てている。マイペースというか、時々容赦ないことを言うこともあるが……良い人だよ、うん。
「そんな嫉妬しなくても、ボクはキミのことも愛しているよ、マイたん」
 青年は己の髪をてきとうに後ろでしばり、麻でできた上着のボタンをとじる。エマエダさんへ彼女へ向けてハートを送るたびに、烏の濡れ羽色の瞳と髪が闇色に光る。中性的なその顔立ちが子どもの色に染まっている。冷めた眼差しもお構い無しに。
 青年―――たかおか=メイオーも、スクール以来の友人である。根は悪い人ではないのだが……私達のことをからかうのが趣味の、困ったさんだ。職業は彼いわく、“不明”。
「たかちゃんって、まだニートなの?」
「やだなぁ、ボクは職業:不明だっていつも言ってるじゃないか〜! いいかい? 職業が不明だということは、たしかに能力値が変わる特典はない。でもそれって逆に言えばパロメーターにブレのないオールラウンダーなキャラでいられるというわけだよ」
「そうか……たかおかさんも考えていたわけか……」
「いや、シュリーネさん。そこは納得するところじゃないから」
 私はたかおかさんに騙され、エマエダさんが彼のちょっかいを受け流すことで彼の暴走が収まる。……およそ十年、こんな感じで仲良くやっている。私が次期女王としてやっていた頃も、姫の地位を捨てた今も、この二人との関係は変わらない。
 グダグダな感じではあるが、私達は改めて久しぶりの再会を喜びあった……が。どうもエマエダさんは遊びに訪ねてきてくれたわけではないらしい。
「……今日は二人に頼みたいことがあって来た」
「頼みたいこと?」
「へぇ……キミがボク達に頼み事だなんて、珍しいじゃないか」
 ニヤニヤしながら、まるでオッサンみたいにエマエダさんに絡んでいくたかおかさん。
「……わりと面倒くさいことを頼むもので、悪いとは思ってるんだけど。……うちの召喚先のことは二人とも知ってるよね?」
 私とたかおかさんは頷いた。
 彼女が生業としている召喚士は、その名のごとく「別世界」から己が契約した何者かを召喚し、使役して戦う戦士職だ。しかし、召喚対象も意思を持ったクリーチャーであり、それなりの信頼と威厳がなければ契約することもできない。私はそうは思わないのだが、彼女は「信頼はともかく威厳なんてもの、うちにはない」と自分で思っているらしく、彼女は世界そのものを選んでいる。エマエダさんが召喚するクリーチャーが住む世界は、自己形成世界……彼女が言うところの“ 妄想自演工房 ファーム ”。つまり彼女が脳内で造った世界からクリーチャーを召喚しているのだ。これなら信頼も威厳も関係ない。だって、彼女自身がその世界の創造主なのだから。
「つまり、創作キャラを召喚できるってことだよね。テラチート」
 たかおかさんが、エマエダさんの凄さをなぜか茶化すように言う。
「チートってわけじゃないよ」
 エマエダさんによると、その強さに比例した負担だってもちろんあるそうだ。それに召喚先の世界は当然彼女により形成されているわけだから、明確な情報を記憶したままでいないと召喚することはできない。後者は“ノート”や“ルーズリーフ”という魔導書に書き記しておけばほぼ問題ないのらしいが……わりと制限がかかった力なのだ。
 以前少しだけ聞いていたが、そこまで難しい職業だとは。私はエマエダさんに拍手を送った。世界そのものを造ろうとなれば、それなりの覚悟と責任が必要だ。私も国民を守る責任と使命はあるが、それを自覚できるのは私が幼少より君主としての教育も受けてきたからだ。新しくそれを為そうということは、なかなかできないことだろう。
 私は素直にその気持ちを伝えた。
「や、そこまで考えてない。チートではないけどたかちゃんが言った通り、自分が考えたキャラを召喚できるとかドリーミィじゃん、くらいにしか思ってないよ(笑)」
 しらっと言われてしまった。……あれー?
「でまぁ、ここで本題に入るんだけど。この間……その 妄想自演工房 ファーム が盗まれた」
「盗まれた?」
「マイたんの脳内世界を?」
 それは数日前のこと。キョトーブロックにあるストームマウンテンで妄想のネタ探し……もとい彼女の 妄想自演工房 ファーム 拡大のため散歩していた時のことだそうだ。「ぶっちゃけ世界の拡大なんていつでもどこでもできる作業だったので、何もあそこでやる必要はなかったと今は後悔している」と、エマエダさんは付け足した。
 すると彼女の目の前に巨大な怪物が現れ、「ウマソウナ“オモイデ”ダ」と言いながら襲ってきたというのだ。彼女はすぐにノートを取り出して戦闘準備に入ったのだけれど……。
「どのキャラを選ぶか迷ってる間に不意討ち喰らって……気がついたら目の前の怪物は消えてて。しかも、私のノートとルーズリーフのページが全部真っ白だったわけ」
 苦虫を噛み潰したような表情をするエマエダさん。
「ありゃありゃ……それはお気の毒にねぇ。この際召喚士やめてボクの嫁になっちゃいなよ」
 そこ、言ってる場合じゃないだろう!
「ご飯と同じくらい大事なものがなくなっちゃったわけなんだけど……シュリーネさんどう思う?」
「どうって……やはりその怪物が言った“オモイデ”とやらに関係あるんじゃないの?」
 話だけでは、そう答えるしかなかった。エマエダさんが「やっぱ展開的にそうだよな〜」と頭をかかえていると、たかおかさんが真面目な顔をして口を挟んできた。
「それ、“想い出”と書くんだよ。タブンネ」
「“想い出”?」
「楽しかったこととか心に残ったこと……強い記憶やそれに関する事象のことを指すのさ」
 ふむ……聞いたことのない用語だ。
「マイたんが奪われたのは 妄想自演工房 ファーム ……つまり、キミの創造世界。質量が半端なく大きいから、それだけで済んだんだ。他の楽しい記憶とかがが全部奪われていたら、マイたんは今ごろ人格すら変わってるはずだ。良かったね」
「良くねーよ」
 もっともだ。愛する世界を新しく練り直す……のは残酷だしな。エマエダさん、彼らのことを気に入っていたもの。
 しかし……その想い出とやらを“旨そう”と表現した辺り、“喰らった”ということなのか?
「取り返せそうなものだろうか?」
「うーん、基本的に想い出は消化されることはないからね。まぁ、奪還はできるだろう」
「まじか」
 エマエダさんがにわかに嬉しそうな顔をするのを見て、思わず私も微笑んでしまう。
「私達も協力しよう」
「あ、でも……」
 しまった、という風に申し訳なさそうな表情をするエマエダさん。
「あの魔物……どの文献にも載ってなくて。おそらく新種の魔物だと思うんだ」
 エマエダさんが相談しに来てくれたことや、種族名ではなく「魔物」と呼んでいる時点で察してはいたが……やはり新種の魔物か。
 おそらく得体も知れない相手だから危険な戦いになるだろうことを気にしているのだろう。だがしかし新種の魔物となれば、余計に私にも関係がある。
「プフェッファーの仕業だな……」
「えっ?」
 プフェッファーが国を乗っ取って以来、急激に魔物の数が増えた。中には新種の魔物も珍しくない。今回の魔物も、その類なのだろう。
 くそっ、プフェッファーめ……奴は私の大切なものを次々に傷つけていく……。
「心配するな。エマエダさんの大切な想い出は、プフェッファーの手から必ず取り戻してみせる!!」
「……なんでそこでプフェッファーが出てきてんの?」
「完全にりっちゃんの脳内では、プフェッファーが今回の黒幕になってるねぇ〜」
 「でもまぁ、マイたん」とたかおかさんはエマエダさんの肩に手を回す。
「友人を危険な目に遭わせるかもしれないとわかりつつもキミがりっちゃんに助けを求めたのはなぜだい? 彼女の力を信じているからだろう?」
「……」
 エマエダさんはたかおかさんを突き飛ばすと、じっと私の目を見てきた。
「ごめんね……シュリーネさんだってやらなきゃいけないことがあるのに」
「気にするな。私もプフェッファーの愚行を見逃すことはできないし」
「や、だからプフェッファーは……」
「それに、大切な友人を助けずして、国の民を救うことはできない」
 私はエマエダさんの手を握る。
「あなたと共に、戦おう」
 そう告げると、エマエダさんは嬉しそうに微笑んでくれた。

 ……後ろで「キマシタワアアアアアア」って声がうるさいんだけど、気にしたら負けなんだろ うな……。

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