AM10:54>ディサイシヴ・バトル


 *

 肌に感じるチリチリとした熱。それは、和真の至近にプラズマが着弾したことを物語っていた。
 それは、戦闘が続行していることを示す証であり、
「な――?」
《奴が蘇生しました! あいつ、まだ――》
 鋭い八代の声。気楽屋の彼女にはめったにないその声が知らせるのは急迫の危険。
 ……まさか、アイツが!?
 和真が見れば、八代の攻撃にその場から飛び退いた“何か”が飛び跳ねていた。
 それは上半身。しかも右半身は炭化、蒸発していたが……紛れもなくそれは、青年型の『賢者』だった。
 ……再生できなかったんじゃ――
 甘かったのか、と後悔しながら見るそれは、瞬く間に緑色のマナを帯びながら原型を取り戻していく。
「人間……人間が……人間どもが……」
 呪詛のような言葉を発しながら再生していく……『賢者』。
《シエラ1、EAの中に退避してください! フル出力で撃てない……!》
「っ――解った!」
 と言いながらも負傷し、一度安心してしまった身体はすぐについて来ない。
 それでも、和真は痛みに耐えながら必死で体を起こし――
「死ねぇえええッ!!」
 しかし間に合わない。手刀に緑の陽炎のようなマナを纏わせ、蘇生した『賢者』が突っ込んでくる。
 八代の援護射撃も、しかし左半身を消し飛ばすのみ。
 右の手刀を構え、今までに比べても遥かに高速で再生しながら片足で跳躍してくる『賢者』
 万全でも遅れを取った相手だ。負傷した身体では満足に対処もできない。
 目では追えても体がまるでついて行かない。
 ……くそ――!
 これまでか、と和真が死を覚悟した瞬間。
 ――轟音。
 それは、瓦礫を吹き飛ばすような音で、同時に大質量が飛び込む風圧が和真の身体を叩く。
 激突とともに眼前に突き刺さったのは、槍。
 それは、和真の盾になるように和真の眼前に飛び込み、同時に『賢者』を飛び退かせた。
〈ご無事ですか、マスター〉
 ヘッドセットから届く声は馴染みのAIの合成音声で、
 その姿は紛れもなく、『アクサ・ヴォルン』だった。
「お前……」
 ウルティマ・ラティオを装着したまま、外装各所に大小の損傷を抱え土埃にまみれてはいたが、AIの言葉に曇りはなく、
〈マナの供給開始よりチャージ及びシステムの再起動に38秒要しました。お待たせして申し訳ございません〉
「……いいや、最高だぜお前」
 助けられたことそのものもさることながら、AIが自身の判断で主人を守った……その事実に和真は歓喜を覚えていた。
『アクサ・ヴォルン』は投擲後自立飛行する関係上『リィレ・エンス』よりも高度なAIを積んでいる。
 だが、こんなことが起こるのは完全に予想外だ。
 ……まさか、自分の武器に救われるとはな。
 愛し育ててきた子供に、思わぬ親孝行をされたような、そんな喜びを感じながら、和真は痛みをおしてEAの操縦席へ転がり込んだ。

 *

 外の混乱を通信で聞きながら、隼斗はようやくEAのカメラを起動し終え、マスキングモニタを通じて外部の視界を回復する。
 そこに映ったのは『アクサ・ヴォルン』が自動でウルティマ・ラティオ装備を解除し、素体に戻る姿だった。
 さらにその向こうには、完全に再生を完了し、光を放つマントのようなものを羽織った『賢者』の姿。
『アクサ・ヴォルン』は外装をすべて捨て去るとすぐに姿勢制御用の補助スラスターで離陸すると、一気にメインスラスターを吹かし賢者へ突撃していった。
『賢者』もそれに応じて、どこからか取り出した光を放つ剣を構え、突撃する『アクサ・ヴォルン』と2度3度刃を交える。
 隼斗はそれを見ながら、
 ……今度こそバラしてやる。
 殺意を高めながら機体の起動を進める。
 手、足、スラスター。
 機体各部の動作を確認し、手足の感覚がEAと同調し延長されたものとなっていく。
 鋼鉄の掌の中には馴染みの『リィレ・エンス』。
〈再起動完了。通常モードで起動します〉
 AIとのリンクが確立するとともに淡々とした声が送られる。
 そして、視界の正面に〈REDY TO START〉〈EA-005 JAT-0293751〉と文字が表示されれば、それはすべての準備が整った証。
「シエラ2、EA起動完了。交戦を開始する!」
 それだけ言い放ち、隼斗はEA足裏のローラーを起動。
 鋼鉄の鎧が、一気に『賢者』に向けて突進した。



 空飛ぶ槍が、青年の周りを小煩く飛び回っている。
 それは、ただ突っ込むだけでなく、時折不意をつく軌道を取りつつ、青年を翻弄しようとする。……まるで、人間が操っているかのように。
 何度目かの槍の突撃を、青年は剣をもって受け止める。
「ふん――ッ!」
 受ける剣はマナをもってその場で生成したもの。
 物質の生成には膨大な量のマナが必要だが、“世界樹の種”が崩壊した今、青年たちが十数年かけて集めたマナがこの場に充満しているのだ。不自由はない。
 また、それだけのマナを得て圧倒的に強化された青年は、
「邪魔だ――!」
 力づくで槍を振り払う。
 ……破壊したくなるほど小煩い機械だが、今はそれよりも殺さねばならない相手がいる。
 青年たちの悲願、今一度人類の駆逐を果たすためにと、積み上げてきた結晶をぶち壊しにしてくれた、薄汚いサルどもを。
《てぃええ――――あッ!》
 視界に映るのは機械の鎧。ここに落ちてきた、二つのうちの一つ。
 上方から加速を得て飛びかかる腕には双の剣。
「ふん――!」
 落下の勢いとともに振りかざされるそれに、青年は右手の剣をかざし、
 激突。
 並の重機以上の馬力で振りかぶられる超重量の剣を、青年は片手で涼しい顔のまま受ける。
 マナの恩恵を受けた青年の身体は、先程よりも一段と強化されている。
 そのまま押し返してやろうとすると、機械鎧はすかさず左の剣を打ち込んできた。
 ……ちっ!
 青年はそれを人外の跳躍力をもって上方に跳んで回避。
 そのまま死角であろう頭上から、落下の加速を得て剣を振り込む。
 だが、機械鎧も読んでいたかのように、地面を滑走しながら即座にその場を離れ、振り下ろされた青年の剣をかわす。
 同時に左の剣を振りかぶり刃が落下のままの青年に迫る。
 青年も応じるように宙で身を振りながらなんとか態勢を整え、青年が迫る刃を受ける。
 衝撃に乗って距離を取り、着地。だが、間髪入れずに敵は次の攻撃に移っていた。
「――何故だ!」
 その姿に、青年は思わず言葉を発した。何故だ、という問いかけを。
「何故貴様らはそこまで生に執着する!?」
 駆逐されるべき存在が、何故そうまでして抗うのか。
 駆逐されるべき存在であるのに、駆逐されないのは何故か。
 だが、
《ハァ!? わけわかんねーこと言ってんじゃねェよウジ虫が!》
 その問いに返って来たのは空虚な罵倒。
 同時に、稚拙な言葉に比して、研ぎ澄まされた剣の連撃が立てつづけて青年に殺到する。
 それに失望を覚えながらも、しかし剣を受けながら青年は内心を吐き出すように言葉を続ける。
「何故貴様らは、醜く生きあがき、世界を汚してまで生き延びようとする!」
 会話にならずとも、吐き出さなければならない。そうでなければ、自身が保てない。
 弟を失い、『世界樹の種』を失い――命より大切な守るべきものを、一度に失った青年は。
「答えろ人間!貴様らが生きながらえる権利が……世界を踏みつけ歪めてまで存在する権利がどこにある!」
 両者の剣が交わり、数度目の鍔迫り合い。
「我々は世界の代弁者だ! 貴様らに汚され蹂躙された、全てのモノの! 貴様らを駆逐せよと叫ぶ世界のすべての!!」
 叫びながら、さらに力をぶつける。
「ならば、貴様らは滅びるべき定めだろうに!!」
 そうあるべきであるのに。
 ……何故、貴様らは滅びない!?

《なら答えてやる。『賢き者』を騙る狂者ども――》

 その声は、正面の双剣ではない。
 同時に殺到するのは、熱量を得た光の弾丸。青年は殺気を得て咄嗟にマントをかざし、光弾がマナに受け止められ、弾かれる。
 射線の先を見れば、そこに居たのは槍を手にした2機目の機械鎧。
 そして、それが放つ言葉は、
《俺達が生きたいと願う以上に、理屈もクソもあるか!》
 排気とともに一気に迫る槍の機械鎧。
 だが、双剣の攻撃も止むことはない。手にした剣はそちらを捌くので精一杯だ。
 ならば、と集中とともに、左にもう一本剣をイメージ。周囲のマナを収束させ、物体を生成。
 迫り来る槍の刃を受け止め、こちらも鍔迫り合いに持ち込み、
「それがエゴだというのだ! そのエゴの下、お前らはどれだけの生物を踏みつぶしてきた!?」
《生物がエゴを捨てて生きることなどできるものか!》
「我々は違う! 世界の声を聞き、その正義の執行を――」
《違わない! 貴様らだって世界のためと偽り、人間を踏み潰しエゴを満足させているだけの、ただのちっぽけな人間モドキだ!》
「だとしても――!」
 青年は聞いたのだ。泣き叫ぶ精霊の声を。
 愚かしき人間を討てと。理性あるものなら世界を守れと。
 それこそ、『真に賢き者の取るべき道だ』と――
 だから青年たちは、人間とは違う。真に理性の下に生きる『賢き者達』なのだと――
「エゴを撒き散らす貴様らを、野放しになどできるものか!!」



 一喝とともに、『賢者』の両腕が振り払われ、和真は隼斗とともに鍔迫り合いの状態から吹き飛ばされる。
 ……10トン近い2機を、まとめて!?
 スラスターで姿勢制御し、着地。
 衝撃に和真の脇腹、骨折の痛みが響くも、強引に態勢を立て直す。
 負傷のない隼斗はそれよりも早く機体を立て直し、即座に距離をとった賢者に追いすがる。
《はアアアッ!》
 咆哮と共に振られるのは、蒼い刃を持つ灰褐色の剣。
「ああ、そうだ――そうだとも」
 受けるのは陽炎にも似た翠光の剣。
 幾度かの剣戟を重ね、『賢者』は更に言葉を重ねる。
「我は『賢き者』。精霊の声を聞き、ただその使命に殉ずる――」
《ごちゃごちゃうるせェ――》
 聞く耳も持たずに連撃を重ね、『賢者』を追い込んでいく隼斗。
《――くたばれ!》
 間断なく放たれる剣風を、『賢者』は的確に剣で受けながら、鋭い眼光を持ってその剣を睨めつけ、
「そうか――」
 と、一言。
 そして、
「見えたぞ!」
 一瞬に、剣を振る。
 それは、今までの受ける動きとは異なり、正面から刃と刃をぶつける動き。
 翠の光をまとい、残像を得るような速度で疾走(はし)った剣閃は、正確に『リィレ・エンス』の刃に吸い込まれ、
《な――!?》
 そして現出するのは、激突と破砕。
 その結果は一目して瞭然。
「『リィレ』が――」
《折られた!?》
 マナの恩恵を受け、人類が加工しうる限界を越えた強靭な刃を持つ刃が。
 幾人もの『賢者』をその身の錆としてきた『リィレ・エンス』が。
 和真達の眼前で、折り砕かれたのだ。
「マナで編まれた刃とは言え――『裏切り者』の粗製品。そうと解れば恐るるに足りず!」

 *

「上等だ……!」
 眼前で愛刀の片割れを失った隼斗は驚愕の後に、しかし喜悦を覚えた。
 ただ雑魚を殺っても、それはただの作業。多少なりとも苦戦してこそ、
 ……殺しがいがあるってもんだ!
 隼斗は躊躇いなく折り砕かれた右手の剣の柄を手放すと、残った左の『リィレ・エンス』を振りかぶる。
「ちょこざいな――」
 その動きに、左も折り砕いてやると言わんばかりに『賢者』は同じく剣を構え、
「はン!」
 しかし、隼斗は剣を振り下ろし切る前にその動きを止め、同時にEA足裏のローラーで一気に後退し、
「な――!?」
 砕くべき『リィレ・エンス』の刃は来ず、『賢者』が振り抜いた剣は空を切る。
 後退した隼斗は、直後にローラーを止めて地面を踏み込み、更に全力で背部スラスターを吹かし後退の動きを止める。
 そのまま、地面を踏み込むとともに一気にスラスターの推力をもって前方へ強引に加速し、
「だから素人だってンだよ!」
 右腕で『賢者』の頭部を――生物相手には明らかに過剰な握力で掴み、速度を得たまま地面に叩きつける。
 衝撃とともに石畳がめくれ上がり、『賢者』の頭蓋を粉砕。血肉が撒き散らされる。
 疑いようもない致命傷。
 頭蓋を叩き潰したことで思考能力も奪い、再生までの身動きを封じた。
「これで――」
 後は、先の赤毛達のように、再生によってパーツが収束したタイミングでマナ打撃を打ち込めば、
 ……トドメだ!
 高慢ちきなツラを捻り潰し、ぐちゃぐちゃに飛び散らせる手応えに快感に似た興奮を覚えながら、隼斗は左の『リィレ・エンス』を逆手のまま切っ先を『賢者』に向けて構え、
 ――自身の左腕が斬り飛ばされるのを見た。
「なッ!?」
 一瞬遅れて隼斗が認識したのは、既に傷ひとつ見受けられない『賢者』が、跳躍とともに剣を振りかざし、振り下ろそうとした『リィレ・エンス』ごとEAの左腕を斬り飛ばした光景。
「ち――ッ」
 ……まさか、もう再生したってのか!?
 回転のまま飛び上がり、隼人の不意をついたまま頭を潰そうとするが、
 閃光。
《隼斗!》
 遅れて届く声は佐伯和真の声。『アクサ・ヴォルン』内臓のプラズマビームカノンによる砲撃だ。
 EAの表面装甲を焼くほどのギリギリの位置での狙撃。
 放たれた光弾は、しかし剣と同じ翠光のマントに遮られ飛沫を上げながら弾け、有効打にはなり得ない。
 だが、
 ……俺にゃそれで十分!
 だから隼斗は動く。
 防御で攻撃の出鼻をくじかれ、バランスを崩した賢者に、
「ン――ならァ!!」
 蹴り。
 スラスターも使った、EAの駆動の全てを動員した全力の蹴り。
「ごぉぶ――!?」
 どてっ腹に数トン級の打撃を食らった『賢者』は、そのままねじ切れるような勢いで地面を跳ねながら凄まじい勢いで吹っ飛んでいく。
《まだだ――!》
 それを追って放たれるのは和真の砲撃。
 プラズマの光芒が転がる『賢者』を捉え、引きちぎるようにその身を削っていく。
 だが、
 ……再生速度が桁違いに上がってやがる。
 ズタズタの肉片と化したはずの『賢者』は数秒と経たない内に人の形を取り戻し、動作を回復していた。
 その隙に、隼斗も落ちた剣を足で抑え、柄を握ったままの左腕を引きちぎり、右手で『リィレ・エンス』を拾い上げる。
 同時に、使い物にならなくなった左腕を考慮に入れ、機体バランスが自動で再計算される。
 ……機械部分のみで助かった……ってか。
 EAの中で、生身の人間は寸胴のコックピットの中に収まり、四肢は全て機械によってモーションを再現しているに過ぎない。
 もしも生身でやりあっていたら、隼斗自身の左腕が斬り飛ばされていた。
 だが、その事実にも隼斗が感じる感情はただひとつ。
 ……面白れェ!
 自らを追い詰めれば追い詰めるほど、その獲物は狩る価値のある大物ということ。
 隼斗はこの思わぬ苦戦にただ、果てしない高揚感を覚えていた。

 *

 和真の視界の向こう、『賢者』が修復し、立ち上がり、しばし両者が距離を置いて睨み合う形となる。
 どちらが先に動くか、そう間を読み合っていたその時、
《二人共、大丈夫!?》
 野上隊長の声がヘッドセットから響いた。
 それにいかにも煩そうに隼斗が舌打ちすると、
《うるせぇぞチビババァ。今忙しいンだ》
《にゃー! チビはともかくババァは撤回を要求!》
 ……チビはいいのか。と心の中で和真は思うも、
《……じゃなくって! 『リィレ』1号機が大破したみたいだけど、ヤバくない!?》
「普通にヤバいですが、何とかしますよ」
《あうう……シエラ3下ろしたほうがいい?》
「近接格闘戦の最中ですよ? 箱入りお嬢様を闘技場に放り込む気ですか」
 いくら八代が百発百中の射撃の腕を持つとはいえ、ビームがほぼ無効化され、再生速度も上昇したあの『賢者』相手には八代機では不利だ。
 さらに、八代の近接格闘センスは『赤ん坊レベル』やら『箱入りお嬢様』やら好き放題言われる程度には酷い。
 隼斗が手こずるような相手では、無策で下ろせば即座にスクラップだろう。
 それに、
「両機ともに万全の状況でない以上、支援機たるシエラ3を万全でカバーしきれる自信はありません」
《う……》
「だから俺達で何とかしますよ」
《……了解。死なないで》
「当然です。……シエラ3、侵入口にヤツが来たら援護は頼むぞ」
《合点承知です》
「隼人」
 横に並びながら、和真は隼斗の名を呼ぶ。
《あァ?》
「やれるな?」
《当然》
「なら俺が牽制する。機を見て仕掛けろ」
《オーケー》
 短いやり取り。だが、それ以上は必要ないとお互いが解っている。
 ……隼斗の突進力と突破力を最善の形で生かせるように、俺がその場を整える。
 そして、隼斗が届かなかったときは最後のひと押しを担当する。
 二人にとって、常の形。
「……行くぞ!」
 言い、ローラーで滑走。先行する。
 ビームで射撃しながら接近し、一定の距離を保って旋回に持ち込む。
 周囲を回りながら射撃し、敵の動きを円の中心に封じる為の動き。
 応じる『賢者』はマントでビームを防ぎながら、その流れを断ち切ろうと距離を詰めてくる。
 だが、和真にとっては、接近を許すことそのものが致命的だ。
 肋骨の負傷。応急処置は施したものの疼痛は消えず、動作に支障が出ている。ただでさえ苦手な近接格闘戦に持ち込まれれば勝ち目はない。
 故に、
「させるか!」
〈攻撃システム変更:対物理・無機物モード〉
 システムの切り替えと同時に地面に刃を突き立て、
〈攻撃形態:指向性衝撃〉
 刹那遅れて土煙を上げて石床が爆発する。
 第5層にて、積もった瓦礫を吹き飛ばしたマナの物理変換攻撃と同じもの。
 敷きつめられた石は衝撃に砕け、散弾のように弾け飛んだ。
 破片は指向性を与えられ、一斉に『賢者』へ向かって殺到する。
「またも小細工を!」
 吐き捨てながら『賢者』はマントをはためかせると、光とともに一気に全身を覆う大きさまで広がる。
 そして、マント自身が意思を持つかのように『賢者』を庇い、瓦礫の散弾を受け止め弾く。
 だが、間髪入れず、
《そォら!》
 背後から一閃。
 隼斗が『リィレ・エンス』を振り下ろす。
 瓦礫に意識を奪われていた『賢者』は慌てて応じ、剣と剣が音をあげて激突する。
 その瞬間を狙い和真は、
「ガラ空きだ!」
 たたみかけるようにトリガー。
 鍔迫り合いをする『賢者』へプラズマビームを放つ。
「なめるな――!」
 亜光速の弾丸が、しかしこれも間一髪でマントに弾かれ、直後に『賢者』の剣の一本が和真に投擲される。
 ……ちっ!
 飛んできた剣を、自動照準と格闘動作補助を組み合わせ『アクサ・ヴォルン』で弾き飛ばし――
 気付いた時には、和真の眼前に『賢者』の姿。
 ……こいつ、剣の投擲に隠れて!?
 剣の投擲と時間差で和真に向かって跳躍していたのだ。
 常軌を逸した身体能力を持つからこそ出来る技。
 ……くそッ!
 接近され、振りかぶられる剣。和真の反射では間に合わない。
 自動回避システムが反応するも一歩間に合わず、和真の機体に衝撃が走る。
 ダメージアラート。構えた『アクサ・ヴォルン』の柄が叩き切られ、左半身の正面複合装甲に縦一閃の深い損傷。
 だが、
 ……まだ機体は動く!
 駆動部分に深刻なダメージはない。
 連撃を入れられる前に、右足裏ローラーを起動。勢いのままに蹴り上げ、
「何度も同じ手を――」
 だが、その瞬間『賢者』が反応し、
「――食うか!!」
 衝撃。
 そして、ダメージアラートが伝えるのは、
 ……しまった!?
 蹴り上げようとした左足を床に縫い付けるように、翠光の剣が突き立てられていた。
 続けて『賢者』はもう一本剣を創りだし、トドメとばかりに振り上げ、
《和真!》
 割りこむように、鋼の巨体が視界に飛び込んできた。
 隼斗の機体は片腕のまま『リィレ・エンス』を振るい、強引に『賢者』との鍔迫り合いに持ち込んだ。



 隼斗は斬り結ぶ中で自覚した。
 これは勝てない、と。
 これは消耗戦だ。しかも自身が不利な側の。
 既に片腕を失い、フェイントを織り交ぜながら刃を守るように打ち合うが、そこから突破に繋がる糸口が得られない。
 左腕の代わりに左足による蹴りも織り交ぜなんとか互角ではあるが、同時に剣を受けきれずに機体にダメージが蓄積していっている。さらに、装甲だけでなく、無理な駆動を続けた故にEAの各関節部も摩耗が進んでおり、この状態で決定打が出せないとなれば、
 ……ちっ。
 斬り結ぶ中で、正面装甲に突きを喰らいながら、隼斗は小さく舌打ち。
 そして認める。自らの敗北を。
 ……できれば俺がトドメを刺したかったンだがな。
 出来ないと認めれば、やることは一つだ。
 ……仲間に任せる、か。
 その選択に面白みはない。だが、生きているからこそ殺すことができるのだと隼斗は理解している。
 そして狂ってはおれど、隼斗は損得計算ができない人間ではない。
 だからこそ隼斗は今まで生き延びてこられたのだ。
 故に隼斗は、躊躇いなくその判断を実行に移す。
「――そらそらそらァ!!」
 守勢から一転、隼斗は一気に攻勢に転じる。
 剣が折られる危険を冒しながら真正面から馬鹿正直に打ち込んでいく。
 返される刃に損傷は増えるが、対マナ加工を施された複合装甲がギリギリの所で持ちこたえる。
 耐久度を読みながら被弾箇所を分散させ、一気に攻め込み、
 リィレを思い切り振り上げ――
 ……ほらよ!
 手放した。
「――ッ!」
 投げ飛ばされ、真上に円弧を描いて舞う『リィレ・エンス』。
 相手は一瞬だけ、その手放された剣に意識を持っていかれ、
「どこ見てン――だよ!」
 全身をねじりながらの蹴り。
 意表を突き、さらにその一瞬の隙を突いた一撃だ。
 強烈なそれは遠く『賢者』の身体をふっ飛ばし、転がり落ちたそこは――侵入口。
 そしてその上には、
「八代!!」
《待ちくたびれましたよ、もう》
 プラズマビームライフル『ルクス・ペネトランス改』を狙撃モードで構えた八代。
 言いながら射撃されるのは『アクサ・ヴォルン』の倍近い出力の収束プラズマビーム。
 マントが広がる前に素早く狙い撃たれる光弾。
 身体が転がる中で、過たずに頭部、脚と続けて撃ち込まれた。
 頭を失い、『賢者』から思考・判断力が失われる。
 それもすぐに再生が始まるが、
《動いちゃ、ダメですよッ!》
 連射。
 一寸の狂いもなく頭部に続けて光弾が叩き込まれ、八代は『賢者』の動きを封じ続ける。
 そして、間髪なく――
《シエラ1、トドメを!》



〈ターゲットロック〉
 突き刺さった剣を強引に引き抜き振り捨て、和真は柄を断たれてやや軽くなった『アクサ・ヴォルン』を振りかぶる。
〈自動追尾モード、スタンバイ――完了〉
 柄を切り落とされた『アクサ・ヴォルン』は自動で重量バランスの再調整を完了。
 後は、シーケンスをなぞり2秒で変形。スラスターが加速し、動きの止まった『賢者』へ、
「行けぇえええ!!」
〈――テイク・オフ〉
 刃が、飛翔した。



 ……まさか。
 瞬間。意識はなくとも、魂が理解した。
 ……そんな、まさか。
 感覚を奪われ、制御の聞かない身体に、呪わしき槍が突き刺さったことを。
 そして、もう間もなく荒れ狂うマナに身が喰い尽くされることを。
 ……ありえない。
 正義であるはずの自分が何故敗れたのか。
 青年には理解できなかった。
 ヒトは駆逐されるべき存在であるにもかかわらず。
 世界は、ヒトの滅亡を希求していたにも関わらず。
 ……何故だ!
 あってはならない敗北。
 その現実に青年は打ちのめされ、絶望し、
 ……そうだ、これは悪い夢だ。
 彼は思い込む。これは悪い夢だと。
 ありえないのだ。
 ならばそれは、あるはずが無いこと。
 であれば、
 ……ありえないのだから。ありえるはずがない。
 そうして彼の魂は考えることをやめ、
 同時に依拠すべき肉体を失い、
 ――青年の存在は、世界の中へと溶け消えた。



《反応消失確認、『賢者』の殲滅を確認――やったぁ!!》
 マナの光が弾け飛び、野上隊長が対象の完全消滅を言葉として伝える。
 そして、
《やりましたね、みなさん!》
《良いお仕事でした》
《ちっ、まァたトドメを持っていかれたか、ついてねェ》
 口々に通信から伝わるのは仲間の喜びの声。
 それを聞いて和真もようやく、
「……やった、か」
 己の勝利を実感することができた。
 大きくため息。それと同時に興奮から半ば意識の外にあった右胸の痛みがよりハッキリ和真の意識を突いた。
「くはぁ……っ痛……」
 ジクジクとした熱さが負傷直後よりも悪化している。
 骨折したまま戦闘を続行していたのだから、当然といえば当然だが、
 ……最悪だ……
 しばらく休暇を取ろう。そうだ、それがいい、と和真は思う。世界を救うなんぞ、肋骨へし折ってまでやることか。
 そんな状態で燃え尽きたようにぐったりする和真の耳には、相変わらずテンション高い声が響いている。




《やー、みんな本当にお疲れ様。これで後はのんびり撤収するだ……け……》
 だが、その声は何故か後半尻すぼみになり、それから、
《……って言いたかったんだけど、建物の崩壊が始まってるので可及的速やかに脱出しまぁーす!!》
 慌てた声で、ロクでもない事実が宣言された。


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