AM10:30>ウルティマ・ラティオ
*
《記念すべき25枚目ー! どんどんぱふぱふー! ……ってうわぁ高ッ!?》
赤毛の『賢者』を見事撃破し、以後も順調に爆薬で床をぶち抜き、これで第26階層目。
……だったのだが、妙に天井までが高かった。
慌てて和真たちEAが3機で『ヴィタリタス』を支えて着陸を助けなければ、落下の衝撃でぶっ壊れていただろう。
《ここは、今までの倍……2階層分の高さを使っているようですね。高さ20メートルというところでしょうか》
八代が周囲を見渡しながらそう言う。
「解るのか?」
《まあ目測でおおよそは》
さすがはスナイパー、と和真は心の中で賞賛を送りながら、周囲を見渡す。
……そこは、どうしようもなくデジャヴを感じざるを得ない、広大な空間だった。
《何か、嫌な予感がひしひしとするんですが……》
《大丈夫ですよ千紗さん。みんなそうですから》
《それってぜんぜん大丈夫じゃないってことですよね由美さん!?》
「……まあそうだな。まず間違いなく大丈夫じゃないだろう」
言いながら、和真の視線は既に一点に注がれていた。
まだ距離はあるが、一目見て明らかにサイズが異なる存在。
それは、人の形はしているものの、
《何、あのデッカイの……》
視線の先に居るのは、明らかに桁の違う――巨人だ。
『ヴィタリタス』が観測し、和真のマスキングモニタに表示されたデータでは、それは15メートル近いと告げていた。
15メートル。もはや建造物レベルだ。
魔物の中でも最大級と言われるオークでも全高5メートル前後なので、軽く3倍近い大きさである。
現状の戦線にこんなものが投入されたとも、見かけたという噂すら聞いたことがない。
「あははははッ! どうだい僕の『ペット』は!」
と、唐突に声がした。
幼い少年の――声変わり前の高い声だ。
《子供の声!?》
「どこからだ!?」
周囲を見回すも、子供の姿はない。
居るのは、遠くに突っ立っている巨人のみ。
「この『ギガス』はねぇ! 僕が作った最強の魔物なんだ! 世界樹で生まれ変わった程度の、動物や伝説に毛が生えたような魔物どもとは一味違うんだよ!」
おもちゃを自慢するような、そんな口調。
《……肩! あの巨人の肩に『賢者』の子供が乗ってる! ……銀髪の小さい方!》
『銀髪の小さい方』……やはりブリーフィングで見た三人のうちの一人だ。
「用心棒の赤毛を殺してくれちゃって……彼も貴重な新世界の住人だったってのに、おサルさんたちはオツムが足りなくて困るね。……でも、もう終わりだよ。僕とギガスが、キミたち皆まとめて潰しちゃうから。あはははっ!」
長々と何かを話しながら、こちらに歩み始めた巨人と銀髪の少年。
「でもどうする? あんなデカブツ、EAで相手にできるのか……? あと隼斗、今回ばかりは突っ込むなよ?」
《わーってらァ。俺が突っ込むのは俺が一人で勝てる相手だけだ》
その隼斗ルールの判断が突飛だからみんな振り回されてるんだがなぁ、と和真は思わずため息。
《とにもかくにも、できることを試すしかないね。……場合によってはウルティマ・ラティオを持ち出すしかないかも》
隊長が口にするのは、その名の通りの最終手段。そして本来はここで使うべきではない武装の名だ。
「……いいんですか? あれは最下層の目標を破壊するための――」
《いいも悪いもないよ。私は切り札切らずに死ぬのだけはゴメンだからね》
和真の指摘にも、隊長は凛として答える。決断すべき時は決断する、そんな強い意志のこもった言葉で。
それを聞いた和真も、それ以上の言葉は続けず、
「……了解」
ただ、そう答えるだけ。
「さぁさぁおいでよ虫けら達! 僕とギガスに踏まれて死んじゃえ。あはははっ!」
そして、シエラ小隊と、無邪気な悪意は激突する。
*
まずは先手を、と八代が狙撃態勢に移る。
二丁の『ルクス・ペネトランス改』を直列に連結させ、安定性を高めた高出力の収束ビームでの狙撃形態。
構え、巨人の頭を狙い撃つ。二発続けて放ち、危なげなく命中するも、
《……やはり効いてませんね、まるで》
敵は微動だにしない。変わらない速度でのっしのっしと近づいてくる。
《うん。しかも高速で修復してるよ。多分十中八九不死属性持ちだねアレ》
「横の『賢者』のガキは撃てるか?」
《あ、さっきついでに撃ちましたがダメでしたね。何らかの手段で防がれたようです》
ついでで撃って、当ててしまうのが八代だが、武器の威力が足りなければそれも無意味だ。
「ダメか……」
和真は思わず落胆の言葉を口にしてしまうが、当の八代はさして気にした様子もなく、
《では、役に立ちそうにないので、私は後方でウルティマ・ラティオへの換装準備に入ります》
そう言うと、八代は後方に下がっている『ヴィタリタス』の下へとローラーダッシュで下がっていった。
「了解。……聞いての通りだ、隼斗!」
《はン! 言われなくても! ……『賢者』共はみんな俺の餌食だ!》
応える前にすでに動き出していた隼斗は、言いながら一気に巨人との距離を詰める。
すぐに敵の間合いに入り、巨人の腕が振り下ろされるも、
《おせェよ、ノロマが!》
動きを完全に見切ったように、隼斗は難なく回避。
衝撃波を加速で切り抜け、振り下ろされた腕の至近に立つ。そして、
《くたばりやがれ!》
マナがチャージされ、蒼い燐光を放つ『リィレ・エンス』を二本同時に巨体の右腕に突き刺した。
膨大なマナが注ぎ込まれ、数秒と立たずその巨体は暴発――するはずだった。
だが、その前に巨人の腕が肘から“切り離され”た。
《……ハァ!?》
まるで、トカゲがその尻尾を放棄するかのように、あるいは機械が破損箇所を閉鎖してパージするように、自動で切り離されたのだ。
そして、暴発が始まる直前に、自己再生時特有の緑の光に分解し、余分な蒼いマナを吐き出して見せ、
《クソッ……そんなのアリかよ!?》
あまつさえ、緑の光が再び切り離した断面に収束し、猛烈な勢いで腕を再生。30秒と経たず、元通りとなった。
「ははははははっ 驚いたかい!? 驚いたよねぇ! なんたってこれは僕のオリジナル! ギガスだけに付けた特別な『カラクリ』なんだから!!」
「チッ……」
巨人の肩の上で高笑いする少年を見ながら、和真は思わず舌打ちをする。
確かに、マナを使った再生が可能な不死属性持ちならば、一部を切り離して捨て、即座に再生することも可能。悔しいが、マナ暴発を防ぐ有効な手立てだといえる。
……ならば、もう手段を選んでいる場合ではない。
隊長の言葉を思い出し、やるしかない、と和真も腹をくくる。後生大事に取っておいても、死んでしまえばそれこそ元も子もない、と。
「隊長、やりましょう。ウルティマ・ラティオを」
《オーケー。さすがにあんなの持ちだされちゃどうしようもないもんね……じゃあ由美ちゃん。一発派手に行ってみよっか!》
《了解。――こちらシエラ3。『ウルティマ・ラティオ』の射撃準備完了です》
*
八代は、射手としてそこに居た。
構えるのは、この半年の間、八代と生死を共にしたプラズマライフル。
制式名称『27式魔装粒子加速砲改』。ADAST計画が最初に量産に成功したプラズマライフル『ルクス・ペネトランス』の改造型。
――だが、その姿は大きく様変わりしていた。
狙撃用に連結した姿から、更に二回り大きい……それはもはや銃ではなく、砲。
プラズマ加速器としての砲身は、サスペンション付きの二脚を支えに、口径は実に40センチ、砲身長2メートルという化け物じみたサイズに。
外部に大容量コンデンサを三機増設し、そこに限界出力でエネルギーを吐き出すマナ・リアクター。そして、それらの機構を冷却剤が絶えず冷やし続け、白煙を上げる姿は、もはや異形といっていい。
――『ウルティマ・ラティオ』
それは、ADAST計画の生み出した対賢者兵装。その動力として運用するマナ・リアクターのポテンシャルを限界まで引き出し、エネルギーに置換して吐き出すことのみに特化された、決戦用特殊外装群の総称。
携行性、汎用性を完全に無視し、威力のみを追い求めたその攻撃力は絶大を通り越し異常の域に達し、拠点攻略戦でもなければ使用されない、個人運用火器としては文字通り究極の最終兵器である。
八代のEAは膝立ちの姿勢でこの『化け物』を手にし、狙いを定める。
複数のセンサーとスコープの情報を複合した情報が、八代のマスキングモニタに表示され、それらの情報に勘を合わせた形で砲身を調整。
ターゲットサイトの中央にあるのは、巨人の肩で愉快そうな笑みを浮べている少年。
……よくもまあ愉快そうに笑うものですね。
巨人が暴れ、踏み荒らす足元には八代の同僚の川島隼斗が居る。彼も相当アレな人種だが、人を踏み潰そうと大喜びしているあの子供も相当だ。
それが無邪気さ故の残酷さか、人間の存在を否定する『賢者』由来のものかは、八代には解らないが。
……子供を狙っているのに何ら良心の呵責を覚えていない自分も十分に異常でしょうけれど。
兵士としてはどこまでも正しく、人間として決定的に間違っている自分に呆れたような思いを抱きながら、しかし躊躇なくターゲットを確定。
動き回る敵を、ピッタリと砲身で追い続ける。
「全機、射線から待避を」
《……待避完了! 射線クリア。シエラ3、射撃を許可する!》
通告し、数秒と経たずに射線が空く。優秀な上司と同僚に賞賛を覚えつつ、
「了解。――撃ちます」
言葉とともに八代は躊躇いなくトリガーを引く。
直後、爆発的なまでの光が砲身から吐き出された。
*
少年はすぐにそれを感じた。
平坦で、それでいて冷徹な殺気。
憎しみも怒りも、欲望すらない、ただ作業として向けられる殺気。
最初に狙われ、光の弾で撃たれた時と同じものだ。
……不愉快な――
思考と同時に少年は右手を振り、光の帯を作り出す。
緑色の光は少年を庇うもので、周囲のマナを取り込み、織り込みながら瞬時に体を覆う大きな幕となる。
先ほどの八代の狙撃も弾いたこれは『
自らを何者にも侵されざる、神聖な領域とし、あらゆる攻撃を防ぐ神に祝福されし防御領域。
「あはははっ! 無駄だよ――」
少年には自信があった。生来からマナに触れ、生まれ育った自分たちが優良種であると。
少年には自負があった。幾度と無く自分を守った自らの技術と、マナのもたらす祝福を。
――だが、少年は知らなかった。
自身が今まで戦った相手が全て、対『賢者』装備が十分でなかったことを。
そして、真に『賢者』を狩るための部隊と武装がどんなものかを。
だからこそ、
「そんなものでこの――」
言葉は最後まで紡がれることなく、
少年は自らの信ずるところの“絶対防御”と共に光の奔流に呑み込まれ消えた。
*
八代はさしたる感慨も抱かないまま少年の『賢者』を消し飛ばし、そのままプラズマを吐き出し続ける砲身を巨人へと向ける。
……腕なら切り離される。となれば胴体は?
思考に従うまま光の奔流は剣のように肩から胴体に着弾。
1秒経たずにプラズマは貫通し、同時に着弾時の熱量により巨人の肉体は瞬時に液化蒸発する。
そのまま袈裟懸けに砲身を動かし、巨人の体の中心をえぐり取っていく。
だが、
……サイズが違いすぎます、か。
いくらウルティマ・ラティオを装着した『ルクス・ペネトランス改』が巨大なプラズマ砲とはいえ、15メートルの巨体を消し飛ばすにはとても足りない。
照射時間は既に使用推奨時間の2秒を超え、砲身からは絶えず気化した冷却剤の白煙が吹き上がり続け、視界を奪い始めている。
どうするべきか、八代がそう思考した直後、
「ウウオオオオォ――――オオオオオオン!!」
咆哮とともに、巨人の胴体が緑の光の粒となって消滅。続いて両腕と頭が切り離され、同じく光となって宙に溶ける。
八代は、残った下半身が逃走を開始したのを見て、
「ッ逃がしません――!」
追って下半身に光の柱をぶつけようとする刹那、
〈警告:砲身過熱、オートリミッター作動。射撃を停止します。冷却剤残量15%――〉
AIのアナウンスとともに砲身から吐き出されいていた光が消え、“OVERHEATING”の警告マーカーが『ルクス・ペネトランス改』の砲身ステータスに表示される。
アラートがヘッドセットから八代の耳を叩き、『ルクス・ペネトランス改』の外装からは絶え間なく冷却剤の噴霧が周囲に撒き散らされ、
「ダメでしたか……」
眼前で、巨人の下半身から上半身が高速で再生されていくのを見て、八代はうんざりした思いを抱える。
ほぼフルパワーの攻撃でこれでは、どうすればいいのか、八代には見当もつかない。
だが、
《いんや、グッジョブだよ由美ちゃん。これで攻略法が見えたよ!》
「……え?」
《ああ。……おそらく、プラズマで吹き飛んだ質量分、奴の回復速度が明らかに遅れている》
《それに切り離しのからくりも少し読めたしね。手はまだあるよ》
いったい自分の上司たちは何を思いついたというのか。八代には想像もつかない。
……でも、信じるだけですがね。
トリガーを引くだけしか能のない自分がここまで生きていられるのは、間違いなく二人の機転と指示があってこそだと、八代はそう理解している。
《よっし、もう一息頑張ってみよう!》
毎度能天気な小隊長の声。
《どんなマトリョシカも、全部剥いじゃえばただの人形だよ!》
しかし八代にとってその声は、何よりの希望であった。
*
光芒。
二度、『ルクス・ペネトランス改』からプラズマが射撃される。
それは一度目とは違い、推奨使用時間の2秒以内の照射。
光は確実な打撃として巨人の足に吸い込まれ、
「オォ――オオオ!?」
着弾。灼熱のプラズマが巨人の太腿に吸い込まれ、表皮を蒸発。貫通とともに肉を焼き、体液を蒸発させる。
ズタズタにされた太腿が形状を失い、バランスを崩した巨人は転倒。
通常形態では火傷にすらならなかったビームが、確実に打撃として通っている。
『ヴィタリタス』から新たに補充した冷却剤の白煙を吹き出す『ルクス・ペネトランス改』。
それを構えながら八代は、
《最初に無茶をした分、残りは10発前後でしょうか。長くは足止めできませんよ。早めにお願いします》
《オーケー。じゃあテキパキ行こうか。……隼斗くん!》
《おうよ!》
隼斗が言いながら構えたのは、『リィレ・エンス』。しかし、それは先程までの双剣ではない。
その姿は、鋼鉄の大剣とも、柱とも見紛う一本の長大な構造物。
それが、『リィレ・エンス』が特殊外装――ウルティマ・ラティオを装着した姿だ。
並列に連結した二本の刀身全体を一回り大きい機甲で覆い、その側面にスラスターをズラリと並べ、柄は外装である機甲に外付された物を使用。
先端に大出力プラズマビームブレイドの発振器を備えた、その巨体は、八代との物と同様、既に携行不可能なレベルの重量となっていた。
だが、
《……行くぜェ!》
咆哮とともに隼斗はその柱の先端を地に着けたまま、側面のスラスターの向きを合わせ、
加速。
スラスターが一気に推進力を吐き出し、一気にその巨体を敵に向かって飛ばした。
まるで『リィレ・エンス』を掴んでいる隼斗のEAがそのスラスターに引きずられているような強引な突進。
剣に装備されたスラスターという非常に不安定な推力をもって、しかし隼斗は危なげなく直進する。
……これが『リィレ・エンス』の出した巨体化への答え。
マナリアクターの大出力・高威力を完全に扱うためのウルティマ・ラティオ。
その高出力化による大仰な装備を、『ルクス・ペネトランス改』は固定砲台とすることで解としたが、『リィレ・エンス』はあくまで格闘兵装として、それらを振り回せるだけの大出力スラスターでもって無理矢理振り回すという結論に達した。
だがしかし、いくらスラスターを高出力にした所で、大質量による慣性を手なづけながら振り回すのは至難の業。
結果としてほとんどの使い手が剣に振り回されることとなり、実際にこれを扱いこなすのは不可能に近いとされている。
……だが、それを可能にした化け物じみた人間も存在する。
思い、和真は視線の先の“化け物”を見た。
世界に二桁といない、『リィレ・エンス』のウルティマ・ラティオを使いこなせる化け物を。
……まったく。アイツが人間なのか、たまに解らなくなる。
だが、だからこそ今、あんなデタラメな敵を相手にしてもこんなに落ち着いていられるのだ、とも思う。
故に、和真は全くの不安もなく『アクサ・ヴォルン』を構える。
――その姿もまた、大きく様変わりしていた。
接続された機甲は、『アクサ・ヴォルン』より二回りも大きい。
展開状態にしたマナ・リアクターのフレームに外装のエネルギーバイパスを直結。
装甲が強化され、さらに大出力のスラストエンジンを得た代償として大型化・超重量化されすぎた機体は、他のウルティマ・ラティオ同様、EAを装備した人間にとってすら既に手持ち武装としての取り回しは絶望的だ。
……故にこれは、手持ち武装ではない。
〈システム:モード『ウルティマ・ラティオ』〉
AIユニットの宣言とともに、『アクサ・ヴォルン』に外付された機甲から大出力プラズマ刃が発振される。
既に3mを超える槍が、光によって更にその刃を伸ばした。
同時に、増設されたスラストエンジンが展開。一斉に加速を求め蒼い光を噴く。
出力されるプラズマ刃とスラスターの排気がトライアングルを描き、機甲を覆うその姿は、まさに光の刃。
それを構える和真の視線の先には、『リィレ・エンス』を抱えた隼斗の姿。
《てェァァァァッ!!》
隼斗は、加速のまま巨人の正面まで肉薄。
その直前で化け物じみた推力を持つスラスターで逆噴射を掛ける。
急減速。接近の動きを止めた隼斗に、巨人が腕を振りあげるが、
《遅ェ……よ!》
その前に隼斗は『リィレ・エンス』を振り上げ、再加速。
ただしそれは、前ではなく、“上方”へ。
飛翔。
隼斗は剣に引き上げられるように一気に巨人の頭上まで飛び上がり、同時に『リィレ・エンス』の先端から、莫大な熱量とともにプラズマビームの大剣が発振された。
《くたばれ――ッ!》
約3メートルの柱から吐き出されるのは、その倍近くあるプラズマの剣。
それが、巨人の頭上で振りかぶられ、一閃。
脳天から一気に光刃が走り、超高熱量に巨大な肉体が溶断されていく。
股下まで切り裂かれる動きは、正中線よりも僅かに正面左寄り。
《今だよ!》
巨人が一気に縦に裂かれていく瞬間、隊長の合図。
その声が耳朶を打つやいなや、和真はブースターが温まった異形の槍を振りかぶり、
「穿て、『アクサ・ヴォルン』!」
〈テイク・オフ〉
投擲。
爆発的な加速をもって、光の刃は破壊を求め宙へ飛んだ。
――これが、ウルティマ・ラティオ最後の回答。
持ち歩けぬなら、動かねばいい。
武器が重いなら、推進力で無理やり動かせばいい。
……振り回せぬほど巨大なら、武器が自ら飛べばいい。
音速に迫る突進は人間の認識を超えて瞬時に空間を飛翔。
灼熱の刃に左右に分断された巨体は、僅かな間をおいて再生のプロセスを経るべく左側がマナとなって消失し、
――分断された巨人の右半身に『アクサ・ヴォルン』が貫通した。
光の刃たるプラズマの溶融と、激突と同時にリアクターから打ち込まれた莫大なマナ。
巨人の左の胴体は暴発を避けるべく『カラクリ』によって半刻置いて消失。
両断された頭部、右腕、右足が宙に浮く。
《まだまだァ!》
そのうち、分離された右足に、ビームを切り、スラスターで加速した『リィレ・エンス』の機甲が叩きつけられる。
ウルティマ・ラティオ外装たる機甲は触媒の機能を果たし、リアクターからのマナをそのまま巨人の右足へと打ち込む。
マナが打ち込まれ、巨人の右足も、自己防衛のための『カラクリ』によって分解。
頭部が再生の過程でマナと化し、残るは右腕。
地に落ち、分解されたマナを吸い込みながら高速で再生を開始した右腕に、
「……トドメだ!」
旋回を経て、加速していた『アクサ・ヴォルン』がAI制御により再び獲物目掛けて突っ込む。
加速のまま大槍が残された右腕を貫通し、突き立てられた刃から大量のマナが打ち込まれる。
だが『カラクリ』で分離しようにも、そこにあるのは“最小単位”のパーツ。
再度分離するほどの肉体の再構成は間に合わず、瞬く間に残された右腕はマナ暴発のプロセスを辿り、
爆発。
光とともに大量のマナを撒き散らし、右腕は消失した。
……それをもって、巨人を構成していたすべての体組織はマナへ還り、
かつて巨人だった大量のマナの光は行き場を失い……やがて、霧散した。
*
少年が再び目を見開いた時、眼前にあったのは両断される『ギガス』の姿。
そして、それが瞬く間に解体され、光の粒と消えていった姿だ。
「――――」
声が出ない。何故なら肺が未だ再生できておらず、そこにあるのは少年の頭だけだからだ。
脳に酸素は来ておらず、再生機能がマナによって意識と機能を限定的に回復したのみの状態。
同時に、少年の身体は絶えず周囲からマナをかき集め、首から上半身にかけての再生を継続している。
もう30秒もあれば腕も含めて上半身は復旧するはず。……そこまで確認した所で、ようやく少年は自覚する。
自分は、負けたのだと。
……まさか、そんな。
運良く頭皮の破片が残っていなければ、防いだと確信した攻撃に蒸発させられ、間違いなくこの世界から消失していた。
敗北の屈辱。だがそれよりも、心は死の恐怖に潰されそうであった。
……死にたく、ない。
と、その時。少年の身体の再生速度が突然倍にまで引き上がった。
……これは――
奇跡などではない。周辺のマナ濃度の上昇によりマナ吸収速度が上がったのだ。その原因は、
……まさかギガス、お前が――
巨人の消滅。それ伴ってまき散らされた大量のマナ。それが、周囲のマナ濃度を一気に引き上げていた。
それは少年にとって、手塩にかけたペットが死んでなお、自分に「生きろ」と呼びかけてくれるようで、
……生きる。
少年は欲する。生きて成すべきことを成すことを。
さらに再生が進み、上半身が再生されていき、
「か――はっ」
肺と横隔膜が戻り、呼吸を取り戻す。
……生きる!
少年は念じる。生きて兄の元へ戻ると。
腕が還り、手を地面に付け、自らが命を取り戻していくことを感じる。
「……生きる」
声に出し、自分に言い聞かせる。生きるのだと。
こんなところで死ぬ訳にはいかない。生きて、兄とともに愚劣な旧人類を滅ぼす大義を成し遂げるのだ、と。
「生きる!」
下半身まで一気に肉体が回復し、太腿、足先まで感覚が回復。
四肢を使って再び立ち上がり、足の裏で地面を踏みしめ、
「生き――」
大槍が、少年の背中を貫いた。
「あ……?」
少年には、何が起こった把握できなかった。
背中から腹を貫いた“何か”。
そこからドクン、と異物が入り込んでくるのを感じる。
脈動のように、膨大な熱の滾りが押し寄せ、
「お……あ――」」
言葉にならない不快感。
身体という身体に熱を叩きこまれ、全身の体液が沸騰するような感覚。
頭から足の先、身体の末端まで吹き飛ばされそうな圧力を内から感じ、
“破裂する”
それが少年が得た、最期の思考だった。
*
「銀髪少年型『賢者』J004……撃破、と」
視線の先で、投擲した『アクサ・ヴォルン』がマナ暴発を起こさせて敵『賢者』を撃破したことを確認し、和真はため息とともにそう言う。
《マナ反応霧散……撃破確認! おつかれー! ……いやはや一時はどうなることかと思った》
「ほぼ理論通りの結果でしたね。……どういう形であれ、“肉体が消えれば再生は不可能”と」
この作戦は、分解の過程を逆手に取ったものだ。
あの分解の『カラクリ』はマナ暴発による肉体の変質・損壊を回避するため、マナ化して再生可能な形で一時的に体の一部を消滅させるもの。
それは一時的にとは言え、魂が拠り所とする再生の起点を摩耗することでもある。
故に、
「分解を立てつづけに発生させ、分解不可能な単位にまで削り、マナ暴発で肉体を消滅させる……」
《名付けて『全部剥いじゃえ、マトリョーシカ作戦』!》
「そのネーミングセンスはどうかと思いますが」
だが、成功したことは確かだ。
巨人は確かに撃滅し、『賢者』も逃さず撃破した。
気になるのは、
「しかし、八代のウルティマ・ラティオで賢者が消えていなかったとは、誤算でしたね」
《私もびっくりしたよ。まさか……とは思ったけど、生き延びてたとはねー》
《設計上は、掠めさえすれば人間サイズの生物は身体組織のすべてを蒸発しきれる設計だったはずですけれど……》
《『賢者』が使った何かの術だろうね。最初もプラズマを弾いてたみたいだし……ウルティマ・ラティオも不発とあっちゃ、プラズマ式もいよいよ考えものかね?》
「そうは言っても、やはり今時戦場で剣やら槍を振り回すのは非効率ですよ、はっきり言って。アレな人種でもなければ、ロクに使いこなせません」
《だよねー。マナ暴発式リアクターの更なる小型化と飛び道具化が望まれるねぇ》
と、久々に試験部隊らしい会話をかわしつつ、しかしそこで《まあそれは置いといて!》と隊長が話題を切り、
《とにもかくにも、『賢者』3体中2体撃破ってことで、大金星には間違いないね。デカイのも殺ったことで、試験部隊としては今回はかなり良いデータが取れたし》
《じゃ、じゃあもう帰っちゃってもいいじゃないですか……? ウルティマ・ラティオも使っちゃいましたし……》
そこに、千紗からの恐る恐るの提案。彼女の言うとおり、ウルティマ・ラティオは基本使い捨て、一度の使用で大きく損耗し、再使用は難しい。
このまま装着したまま使用不能になるまで使い潰すか、ここでパージ・回収して以後使用しないかの二択となる。
実際、この損耗状況では、後1階層ほどの戦闘を経ればガラクタと化すだろう。
隊長も千紗の言葉にふむ、と頷きの声を上げ、
《そだね……確かにそろそろ潮時かな。……こちらシエラマザー。HQ、応答願う》
《こちらHQ。シエラマザー、どうぞ》
《現在およそ地下260メートル地点。確認されていた『賢者』J004と、未確認巨大魔物を撃破するも、部隊の損耗が激しい。作戦の中断、即時撤退を要請する》
《こちらHQ。作戦中断要請を了解した。許可あるまで待機せよ》
……さて、どう来るか。
シエラ小隊はそろそろ限界が近い。
思わぬ強敵と遭遇してしまったこともあるが、そもそも予定通りであったとしても1小隊で遂行するのはかなり無茶な任務だった。
隊員の練度の高さで常識破りの戦果を上げ続け、無理矢理ここまで来れただけなのだ。
切り札は全て切り、規格外の能力を持つメンバーもそろそろ疲労の色が滲んでいる。
これ以上の戦闘は……和真がそう考えた矢先、
《こちらHQ。作戦中断は許可されない。予定通り作戦を継続せよ。繰り返す。作戦中断は許可されない》
《許可できない……って!? ……シエラマザーよりHQ、理由の提示を要求する!》
《要請了解。許可あるまで――司令?》
《私が代わろう》
司令部のオペレーターの言葉は最後まで続かず、割って入ったのは壮年の男性の声。
《……聞こえるかね野上一尉。実松だ》
実松陸将。シエラ小隊直属の司令官であり、今回の作戦の発案者であり作戦司令でもある。
普段はひげ面が特徴的な気さくなおっちゃんであるが、シエラ隊が彼の命令で死線を彷徨ったことは数知れない。
それが結果として作戦を成功に導いたり、戦局を好転させるのだから名指揮官と言えばそうでもあるのだが……
《司令! ……何故です!? プランでは現場の判断による作戦中断は認められていたはず! これ以上の戦闘は無駄に隊を全滅させ、試験装備を失うだけ――》
《君たちには済まないと思っている。だが、状況が変わったのだ》
《状況!? ……どういうことです?》
《その地点に、作戦開始時のよりさらに倍のマナ値が計測されている。もはやそこに抱え込んだマナだけで世界をどうこう出来るだけの危険なものだ。
そして、捕虜の『賢者』の一人が口を割った。「間もなく『世界樹の種』が芽吹く。そうなれば人間は今度こそ終わりだ」と》
《…………》
《ただの推測にすぎんが、恐らくタイムリミットは近い。ここで撤退し態勢を立て直す時間は恐らくないだろう……。ここで見逃して、ロクでもない事が起こる事だけは避けたい。
よって、諸君らには改めて任務を伝える。君たちはその施設の地下300メートル付近から発されるマナ反応の原因を突き止め、直ちにマナの集積を停止、または霧散させろ》
《……つまり、『ヤな予感がするからとりあえず死んでも止めてこい』と》
《付け加えるなら、同様の施設は世界中で発見されており、各国の駐留部隊がそれぞれ攻略にあたっている。……この作戦には恐らく、生き残った人類全ての命運が掛かっている。そして現在、この国においては君たち以外にこの任務を託せる人間はいない》
《「なんちゃらの命運」とか「君たちだけ」とか言われて何回死にかけたか…………はぁ》
隊長のその言葉は、和真を始め、全員の考えを代弁していた。
司令の判断は恐らく正しい。が、間違いなく今回も大変な目に遭うのだろうな、と。
ため息からわずか置いて、あ゛ーと野上隊長は心底不満そうな鳴き声を放った後、本当に渋々嫌そうな声で、
《……シエラ小隊。作戦を続行します》
《感謝する、シエラ隊。……死ぬなよ》
《言われなくてもそのつもりですよ……あ、司令?》
《何だ?》
《帰ったらぜっっったいそのひげ毟ってやりますから。――通信終了》
《な、ちょ――》
最後に隊長が司令に悪態をつき、通信を切った。その後しばしの沈黙。
だがすぐにそれを破るように、《さて!》と野上隊長が明るい声で告げ、
《聞いたね皆の衆。シエラ隊は作戦を続行します》
その言葉に、隼斗を除く隊の全員がその言葉にうへぇ、と声を上げる。
ウルティマ・ラティオはもう使ってしまった上、まだ賢者が一人残っている。
状況は最悪と言っていい。
《もうこうなったらしょーがないよ。私達が生きて還るために、やれることをやろう》
人類のために、とは言わない。
“自分たちのために”――それが何よりの意思の源になると、シエラ隊の全員が経験から知っている。
「そう、ですね」
《甚だ不本意ですけど》
《……頑張ります》
《あァ、望むところだ!》
呼びかけに四者四様の応えを返し、そしてシエラ隊は再び動き出した。
*
最下層。
「…………だから、言ったろうに」
一人残された銀髪の青年は、天井を見上げてポツリという。
上げた顔からは、頬を伝う一筋の光。
20年の時間も、崩れるときは一瞬だった。
苦楽を共にした『兄弟』。しかし、もうその片割れはこの世に無く、
「仇はとるさ。だから、安らかに眠れ」
悲しみに震える声、だが、はっきりとした意志を感じる言葉で、
「心配せずとも、成就してみせるさ。我々、『賢者達』の理想を」
再び振り返るのは、翠の光を放つ構造物。
その時は、もう間近だ。
