AM09:30>ザ・レッドヘッド
*
《っしゃあ! これで15層目突破ー!》
野上隊長の宣言とともに、和真たちシエラ小隊は全機無事に地下16層目に着陸した。
スタートした大空洞の底、地下第5層から、およそ110メートルの位置まで来た事になる。
情報部が寄越した推計――地上5層、地下30階層の通りであるなら、ちょうど地下部分の半分を越したことになる。
「それはいいですが……ここ、妙じゃないか?」
《……妙っつーか、今までとは明らかに違うだろ。なンだここは?》
《広場? いや、アリーナ……と言うより古代ローマの闘技場ですね、これ》
高さ10メートルの空間に、すっぽりと収まる広場と、周囲に設けられた観客席。
今までの迷宮とは明らかに違う目的で存在する空間だ。
《なんつーか、『賢者達』の懐古趣味全開って感じだね》
騎士道やらなんちゃらと、旧い時代のものをやたらと好む傾向にある彼らは、往々にしてこのような意匠を各地に造り上げる。
今攻略しているこの拠点一つとっても、紀元前頃の初期人類文明をイメージして造られている。
彼らはとにもかくにも『現代文明』を嫌っているらしく、人造物を使用する必要があるときは、あてつけのように古臭いモチーフを使用する――それはこのような拠点から、服装から……身の処し方に至るまで。
彼らが何故そうするのかは正確にはまだ解っていない。だが現在において重要なのは、奴らは間違いなく意図的に人類を滅ぼそうとし、人類はそれに抗わねばならないという事実だけだ。
「敵は?」
《周辺に敵影及び熱源、音紋は探知できないね。ま、居ないんだったらさっさと床抜いて――》
そこまで言いかけて、野上隊長は唐突に言葉を切った。そして、
《北西! 方位2-8-0にマナ反応!》
鋭く飛ばされた警告に、シエラ隊全員が瞬時に反応。
和真は『アクサ・ヴォルン』、隼斗は『リィレ・エンス』を構え、八代は『ルクス・ペネトランス改』をその方角に発砲する。
だが、放たれた光は空で散り、
「――挨拶の作法も弁えぬか。薄汚いネズミども」
そこに立っていたのは、赤毛の壮年の男性。
壮麗な古臭い貴族装束に身を包み、華美な装飾で彩られた幅広の大剣を構えていた。
《剣でビームを弾いた……!?》
それは、和真達が事前のブリーフィングで見せられた、三人のうちの一人。
「……『賢者』か!?」
《赤毛のオッサン……なるほど、ここはボス部屋ってこと!》
見間違いようもない。そもそも日本国内で現状確認されている、中年のような外見をしている『賢者』はコイツだけだ。
「相も変わらず野蛮だな劣等種共。貴様らは――」
赤毛の『賢者』は大仰に剣を振りかざしながら、何か口上を述べようとしたが、
《お――らァッ!!》
言い終わらぬ内に隼斗がEAのスラスターを吹かせ、一気に赤毛の『賢者』に斬りかかった。
対する『賢者』も、驚きながらも即座に反応。手にした剣で隼斗の攻撃を受け止め、
「く、言葉すら忘れたか、下賎な獣が!」
鍔迫り合いをしながら毒づく赤毛の『賢者』。それに隼斗は外部スピーカーで応答する。
《ンなこたァどうでもいい! さっさとその汚ねェ血をブチ撒けてみせろよオッサン!!》
「……下劣な!」
言いながら二度、三度剣を交える隼斗を見ながら、
《……あのバカ、また!》
隊長が小さく吐き捨てるように言う。
“また”
普段は意外にも隼斗は命令に従順であるのだが、『賢者』を見ると時に抑えが効かなくなり、全力で正面から殺しにかかることがある。
一度は前線に出さない処置まで取られもしたが、結局隼斗の稀有な能力は貴重であり、こうして連れ出さざるを得なくなっているのが現状だ。
そして今でもたまに隼斗がこうして『賢者』に飛びかかる癖を八代が評した、
『まるで
という言葉が全てを表しているのだろう。
つまり、奴は『賢者』を殺す快感に囚われてしまっているのだ、と。
《ヒャッハハハハハ!》
奇声を発しながら、隼斗は人の手で振り回すには重すぎる二本の剣を、機械によるパワーアシストを得てその重量をものともしない速度で振り回す。
加えて、AIによる演算を経た動作最適化支援を受け、剣同士の激突、反発による慣性を殺さずに、逆に活かしながら更なる連撃へ繋げてゆく。
しかし、手数で勝る双剣による連撃を、赤毛の『賢者』もまた手にした大剣をもって的確にガード。狂気じみた猛攻をことごとく防ぎきりながら『リィレ・エンス』のマナ・リアクターによる熱量・物理威力増加を、同じくマナによって相殺もしている。
それら無数に交わされる激突の中で、二人は会話を続ける。
《覚えてるかオッサン! 滋賀の山ン中だ!》
「く……成る程、あの時の『狂犬』か!」
《今度は逃さねェ! ズッタズタのバッラバラにしてやらァ!!》
「出来るものなら――ッ」
隼斗はまさに絶好調だった。
というより、
……どちらが敵かわからなくなりそうな光景だな、これ。
言うまでもなく頭おかしいほうが和真達の味方である。
《援護、できませんか!?》
千紗が上ずった声で言うが、
《狙っていますが……こちらの武装がビームでは、シエラ2を巻き込まない保証ができません》
「『アクサ・ヴォルン』も……下手に手を出せば邪魔になるだけだ」
和真、八代共に介入できるような状態ではない。それほどにあの戦いはハイレベルだ。
《それに、さっきから移動しながら狙っていますが――あの敵、明らかに私達に対し、シエラ2を盾にするように立ちまわっていますね》
和真もそれは感じていた。明らかにこちらを牽制するように――手を出せば、仲間の命はない、と威圧するような立ち回り。
一体どれほどの修練を重ねればそんな事が可能なのか、あるいは魔術的な強化は人をそんなことまで可能にしてしまうのか。
《そんなぁ……何か、手はないんでしょうか》
不安げに漏らす千紗。しかし答える声は上がらない。
打つ手なしか、と流れる沈黙、しかし数秒と経たずそれは破られた。
《いよっし。じゃあここはちょっち隊長さんに任せてくれる?》
*
「コイツ……」
《さっさと……死ねェ!!》
隼斗と赤毛、双刀と大剣。一進一退の攻防が続く。
速度と手数で勝る隼斗が真正面から攻め続けるが、そのことごとくを赤毛が防ぐ。だが、隼斗の猛攻に逆に赤毛は攻撃の手を潰されてしまっている。
「てぇ――っ」
《おおおおおおおッ!!》
縦、横、袈裟斬り、突き、払い。
左右ともに有機的に連動された斬撃をひたすら続ける隼斗に、赤毛は素直に舌を巻く。
……強い!
先日の滋賀での陽動作戦で手を合わせたときにも狂気じみた力を感じてはいたが、こうして正面から打ち合うと解る。
赤毛は認めざるを得なかった。この敵は強い、と。
だが、それはただ殺すことだけを追い求めた獣の強さだ。とも思う。
誇りなき力には必ず綻びが生まれる。
そして赤毛には誇りがある。大地を破壊し続ける旧人類を駆逐し、『賢者』による新たな社会を造り上げる、という大義がある。そのために、どうあっても負けぬという意思がある。
……だがこの敵には『誇り』はない。闘争本能の赴くまま剣を振るだけだ。
ならば、敵を倒せぬ焦りが、いずれ綻びを生む。そうなれば赤毛の勝ちだ。
それに、とも赤毛は思う。今は、負けさえしなければいいのだ、と。
負けさえしなければ、間もなく『種』が芽吹く。
そうすれば全てのことに決着がつく。だから今は心静かにこの膠着状態を続ければいい。
剣戟を続けながら、執拗に介入のチャンスを伺う残りの二人も牽制しつつ、ただ時間を持たせる。
本来なら、もう少し三人相手に善戦しながらこの場に釘付けにしておきたかったのだが、この『狂犬』の予想外の強さにはやむを得ない。時間さえ稼げれば後はどうとでもなる――赤毛がそう思考した、刹那。
爆音、そして振動。
土煙が上がり、床が崩れたことに気づいた……瞬間。
《んじゃあ私は先行ってるんで、シエラ2はそこよろしくねー!》
まるでこの場の勝負をバカにしたような、能天気な大声が背後から響いた。
……まさか!
《よし、先行くぞ先ー》
《了解です》
剣戟の中、赤毛がわずかに振り返り見れば、天井から続くようにこのフロアの床にも同様に大穴が開いていたのが見える。
そして、そこを降りようとしている異形の巨人の姿と、それに応じて仲間を見捨てるかのようにあっさりとこの場を離れる二人。
今更ながらに赤毛は気づく。外からこちらを狙ってきた二人に完全に気を取られ、あの巨人から完全に距離を開けられてしまっていた事……こちらが敵を釘付けにしているつもりが、“逆に釘付けにされていた事に”。
人間たちの行動を完全に読み違え……そして隼斗の強さに翻弄された、赤毛のミスだった。
――そして、ミスを自覚してしまった動揺は決定的な隙となる。
*
決着は、一瞬だった。
《せェえええあッ!!》
マナによって強化された右の『リィレ・エンス』の刃が『賢者』の左脇腹を“吹き飛ばし”、間を置かずに左腕から斬り上げた刃で賢者の右腕が大剣ごと跳ね飛ぶ。
「が――!?」
《てェ――ッ!》
続けて振り上げた左の刃を叩き下ろすように首が跳ね飛ぶ。恐怖と慚愧の混ぜ合わさったような表情のまま首が隼斗の足元に転がる。
そして腕を振り上げダメ押しとばかりに、首なしの胴体をX字に解体。鮮血が吹き上がる。
最後に、転がる首を逆手にした剣先で刺し潰し、
《ヒィハ……ハハハハ……ハハハハ!!》
血に塗れたまま、自らの行為に陶酔するかのような高笑いをあげる隼斗。
和真たちは、遠巻きにそれを見ながら一様にため息をついていた。
《あのオッチャンが気持ちいいほどバッチリ揺さぶりに引っかかってくれたのはいいんだけど……末路がアレ過ぎて逆に同情しちゃうなぁ……》
「隼人の相手をした時点でこうなることは若干決まってた気もしますが」
しかし、死体に執拗に剣を突き刺しながら狂ったように笑い続ける同僚を見るにつけ、
「……なあ、隊長?」
《……何かな部下くん?》
「あれ、なんで俺達の味方なんだ?」
《…………なんでだろうねぇ》
隊長ともども、深い溜息をつかざるをえない和真であった。
《ホント楽しそうですよね。全く共感できませんが》
《終わりました? もう終わりました? と言うか早く行きましょうよぅ!》
その他二人の女性陣は呆れ声と怯え声。ある意味正常な反応に和真は少しだけ安堵を覚える。
……これが全員隼斗のような「ヒャッハー」系だったら多分ひと月と持たないだろうな、などとどうでもいいことをぼんやり考え、苦笑。
そして、
「まだ、“バラしただけ”だろ。早くトドメを刺せ、シエラ2」
隼斗に、『最後の仕上げ』をするように促す。
《解ってらァ……いいじゃねェか。あンだけ手を焼かされたんだ。少しぐらい楽しませろ。せっかくこんな風に――》
そう言いながら、地面に倒れていた『賢者』の胴体に『リィレ・エンス』の刃を突き立てる、
《バラしてもキレイに元通りになるんだから、なァおい》
既に、“X字にバラされたはずの傷が綺麗に繋がり、頭部が元に戻った胴体”に。
「ぐ、ぁ……キサ、マ……」
《ヒヒッ、これだよコレ! 斬った後にもまだまだ楽しめる“不死身”の肉体! だから賢者狩りは止めらんねェってもんさ!!》
ギリギリと胴を突き刺しながらも、その傷も緑色の光を帯びながらあわせて癒えてゆく。
切り飛ばされた右腕も緑色の光となり、本体に吸い込まれるように戻り、そこでまた右腕としての形を再び構築し始める。
――不老不死。
戦争序盤で、人類が特に苦しめられたのが、『賢者達』のこの不死能力であった。
どれだけの犠牲を払って殺しても蘇り、無力化を試みても再生され逃走される。
有限の命を持つ人類にとってこれは、絶望的な能力差だった。
……だった、のだ。少なくとも、数年前までは。
だが、今は違う。
「隼斗」
《ヘイヘイ殺りますよ。殺りゃあいいんでしょう》
――ADAST計画。
とある国の核攻撃で『賢者達』数名がまとめて消し飛んだことを契機に、全世界規模で立ち上げられた『対賢者』武装の研究・開発計画。
研究は十数年の長きを経て結実し、その成果は今、正に和真達の手の中にある。
《よし、全部くっついたな?》
「がっ……ぐっ……キサ、マぁ!」
……現状で不老不死とされる『賢者達』に有効と確認された攻撃はニ種類。
ひとつは、超高熱量で再生の起点を残さずに全身を同時に消滅させる方法。
そしてもうひとつは、体内に多量のマナを打ち込み暴走させる方法である。
それに対してADAST計画が出した答えは、大出力プラズマビームによる蒸発という手段と、
――マナ・リアクターの刃を敵の体組織に直に接触させ、大量のマナを打ち込む、という手段。
〈攻撃システム変更:対不死属性モード〉〈攻撃形態:マナ打撃〉
左右の『リィレ・エンス』が同時に攻撃モードを〈マナ打撃モード〉に移行させ、AIがアナウンス。
即座に隼斗は両の刃を赤毛の『賢者』の胴体に突き刺し、
《それじゃあ張り切って死んでもらおうか――何が見えンだろうな? 三途の川か? それとも全知全能の神様か?》
「う……ぐぁ……」
《なァ“不死身”の『賢者』さんよォ!?》
「が……俺は――!」
《ヒヒッ――ンじゃあ、お楽しみの時間だ!!》
瞬間、赤毛の『賢者』の身体が過剰なマナを供給され肉体がボコボコと暴走し始める。
修復、進化、変態。いかようにも取れる肉体の異常な膨張。
まもなく膨張に耐え切れなくなった部分からは、蒼や緑のマナの光を帯びた液体が身体のあちこちから吹き出し、そして、
――暴発。
燐光を帯びた液体が、表皮を突き破って周囲にぶちまけられた。
過剰にマナを得、形を維持できずに液化した身体組織がエネルギーの蓄積に耐え切れず、瞬間的な膨張として表出したのだ。
そしてバラ撒かれた“肉体だったもの”は、その存在をマナに呑み込まれて同化し、光を帯びてマナに還り、大地に戻っていく。
《ヒャッハハハハハハハ!! ッハハハハハハハハハハ!!》
こうして、人類の天敵の一人。赤毛の『賢者』は、この世から永遠に消失した。
心底愉快そうな、狂った笑いとともに。
*
最下層。
翠の光の下で、銀髪の少年がつまらなそうに上を見上げ、
「ねぇ、あの赤毛、やられちゃったみたいだよ? 兄さん」
「予想通り……とは言いたくなかったがな。数が少ないだけあって、サル共も相当な手練を送り込んできたのだろう」
青年は僅かに顔を伏せ、しかしその表情からはさしたる感情を読み取ることは出来ない。
「やっぱり僕と二人がかりになるべきだったよ」
「そうだな。……あるいは、それでも負けていたか」
「兄さんは、僕のことが信じられない?」
「まさか。憂いているのだよ。野蛮なるサルどもの暴力をな」
「なら……ギガスを連れて行ってもいいかい? 兄さん」
「お前が育てていたあのペットか。どうするつもりだ?」
「アレを使って足止めしてくるよ。赤毛がヘマしたせいで、どうせこのままじゃ発芽までにヤツらがここに着いてしまう」
「やむを得んか……危なくなればすぐに逃げるんだぞ。自らが不死であることは忘れて行動しろ。ヤツらはこちらを滅ぼす術を持っている」
「解ってるよ兄さん。僕をあんなヘタレと一緒にしないでほしいな」
「ああ。…………無事でな、弟よ」
「うん! 待ってて。すぐに皆殺しにしてくるよ、兄さん」
言いながら軽快に駆けていく少年の後ろ姿を、青年はしばしずっとその双眸で追い続けていた。
