AM08:10>セカンド・エンゲージメント
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1フロア10メートルほどの空間。
『賢者達』が居城とするこの手の建物は基本的に魔物が最大のスペックを引き出せるように空間が調整されている。
その上、フロアには罠が満載され迷宮化されており、一度入れば、進むのはもちろん、奥深くまで行けば脱出もままならない。
……あくまで、正攻法で挑むなら。だが。
《おる――ァ!!》
跳躍し、隼斗が一息にインプの群れに突っ込む。
着地と同時に蒼い光を引く双刃で2匹のインプの首を落とし、瞬間にローラーで旋回。
二振りの『リィレ・エンス』が振るわれ、飛び込んできた隼斗に食いつこうとした魔物達がまとめてミキサーにぶち込まれたかのようにズタズタにされ、返り血が隼斗のEAの機体を赤、緑、黄……種々雑多な魔物の体液で染めていく。
《ヒヒッ……いいぜ、いいぜェ。もっと血をブチ撒けろ、肉を斬らせろ。バケモン共ォ!!》
魔物の集団を一つ片付けるやいなや、ローラーで床を蹴り滑走する隼斗。すれ違いざまに次々と魔物を両断していく。
《……シエラ2、テンション上げるのはいいけど調子に乗って離れすぎないでねー》
呆れ声で忠告する野上隊長。
……現在のフロアは、長い直線の通路。
降下してきた大穴の直下で『ヴィタリタス』が作業し、その両サイドを和真と隼斗が守り、八代が狙撃で両者を支援するという形になっていた。
《あと節約! 予備のブレードは2本しか無いからね!》
《解ってまさァ。……そうら、ちぎれ飛べ!》
そう応答する内に、間近に迫った5メートル級のオーガの棍棒を避けながら振り下ろされた腕を斬り飛ばす。
一瞬後にはオーガの面前までブーストジャンプで迫り、
《せェあッ!!》
そのまま重力と推力任せに股下まで両断。赤黒い血か体液かが撒き散らされ、更に隼斗の機体をおぞましく塗り替える。
《相変わらず、もの好きですねぇ、彼》
そんな光景を横目に淡白な感想を漏らすのは八代。
両腕に保持したプラズマビームライフル『ルクス・ペネトランス改』を無造作に連射し、しかし1発たりとも外さない。
植物型は幹を焼き払い、動物型は頭を消し飛ばす。
天井を蛇行する蜘蛛の群れを、舐めるように連射で一掃し、かと思えば足元から和真の目を逃れた小型の動物型を蒸発させる。
先の強襲降下でも連射しながらの射撃精度は和真と隼斗を遥かに凌いでいたが、その精度はコンピューター制御でなくマニュアルによるものだというのだから、ただ者ではない。
「……ま、趣味と仕事が一致してるんだからいいんじゃないか」
和真には、隼斗に対してはそれ以外のコメントは持たない。
性格がどうあれ、十分な戦力として信頼でき、他の人間よりも遥かに安心して背中を任せられる仲間であることは確かだ。
奴にとって陸軍の最前線というのはこの上ない天職なのかもな、などと思いながら和真は触手を伸ばす植物型を『アクサ・ヴォルン』の内蔵プラズマビームで焼き払い、続けて穂先でインプを胴体から両断する。
「隊長。作業の進行状況は?」
《あと40……いや20秒持ちこたえて!》
「……了解!」
20秒。短いようで長い時間。
だがこれでも、真面目に迷宮攻略なんぞに精を出すよりかは遥かに短時間で片がつくのだ。
寄ってくるインプを蹴り飛ばし、勢いのまま並んで走ってきた巨大なネズミを2頭まとめて叩き斬る。
足元を這いずる巨大なムカデをビームで灼き、こちらに飛びついてきた人狼の頭を斬り飛ばしながら、遠方に高速で移動する物体を視認。
「……速い!」
おそらくはネコ科をベースにしたらしい魔物。他の魔物の群れを抜けながら高速でこちらに近づいてくる。
そして、和真は自分の格闘戦能力の低さは自覚している。恐らくアレは、手近な魔物を斬りながらではとても抑えきれない相手だとも。
……なら!
判断は一瞬。
和真は両腕で保持していた『アクサ・ヴォルン』を投げ渡すように右の逆手に持ち替える。
穂先を前に向けそのまま肩に担ぎ上げるその構えは、正に槍投げ。
〈ターゲットロック。自動追尾モード、スタンバイ――〉
AIの音声とともに『アクサ・ヴォルン』本体がわずかに変形。穂のプラズマビーム射出口が閉鎖されロックされると同時に、代わりに穂の後部ハッチが開放され、2基のスラスターが顔を出す。
〈――完了〉
変形は2秒かからずに終了。
和真はAIが告げたのを聞きながらマスキングモニタのステータスで確認し、
「行け――!」
〈――テイク・オフ〉
投擲。
放つ腕部の動きと連動し、『アクサ・ヴォルン』の補助ブースターに点火。
マナを直接推進エネルギーに転換する次世代スラスターは、槍を1秒経たず音速まで引き上げる。
和真の手を離れた『アクサ・ヴォルン』はソニックブームで周囲の魔物を吹き飛ばしながら飛翔。
加速のまま一気にターゲットまでの距離を詰め、
激突。
音速で追尾する刃を魔物が回避できるはずもなく、『アクサ・ヴォルン』はターゲットに直撃。
衝撃と刃によって、ターゲットは文字通り肉片に粉砕した。
〈撃破確認。帰還します〉
AIもすぐに任務達成を認識し、宙で反転。刃を和真の側に向け、再加速。
そのまま進路上に居た魔物を立て続けに貫通し、勢い良く和真が掲げた手の中に飛び込む。
衝突にも似た勢いで和真が『アクサ・ヴォルン』の柄を握ると同時に、
〈――帰還。通常戦闘モードに移行〉
AIは音声とともにスラスターハッチを閉鎖。プラズマビーム射出口を開放する。
変形を確認し、和真はすぐに次の獲物に槍を向けた、その時。
《作業終了! ……点火――!!》
景気のいい隊長の合図とともに地鳴りと振動。そして土煙。
『ヴィタリタス』が床に設置したプラスティック爆薬が見事床をぶち抜き、頭上から一直線に続く通路を作り上げた。
《みんな降りるよー! しゅーごー!!》
「了解!」《了解!》《了解です!》
威勢のいい呼び声に和真たちは応答を返し、EAユニットが戦闘を中断し一気に中央の穴まで下がる。
和真と八代が両端から近寄ってくる魔物にプラズマビームの牽制射撃を撃ちながら、隼斗が通路に出来た穴に飛び込む。
降下した隼斗は、すぐに穴の近くに群がってきた下層の崩落部近くにいた敵を制圧。
和真と八代は牽制を続けながら、次に『ヴィタリタス』が降下。間髪を入れず八代が降下し、最後に和真が降下。
落下地点を中央に、再び周囲の地形を把握。今度は少しばかり開けた広間のようだった。
既に魔物がうようよと集まってきており、集まった端から隼斗に切り飛ばされ、八代に撃ち抜かれている。
上方、天井側を確認すれば、虫型、植物型が数体壁沿いに這ってくる以外は、魔物たちは空いた大穴の縁まで追ってくるが、そこから先は床の大穴に対しどう判断していいか決めかねているようだった。
「……よし、“バグ”はまだ直ってないな」
穴から魔物が飛び降りてくることを半ば覚悟し、『アクサ・ヴォルン』を構えていた和真だったが、敵の挙動を見てひとまずの安堵を得た。
……魔物たちのこのような奇妙な行動を、現場の兵士の間では“バグ”と呼び習わしている。
プログラミングされたお人形のような、不恰好な行動。
野生の魔物がするような無謀な戦闘を避けようとする、拠点や大規模な集団戦など賢者達の下で戦う魔物たちだけに見られる特殊な挙動。
恐らく『賢者達』が何らかの処置を施している結果の行動なのだろうが、それはしばしば兵士たちの命を救い、笑い話として伝えられている。
今回のこれは、『敵との高低差が大きい場合に、魔物が挙動を止める場合がある』というもの。
作戦の肝である垂直移動もここを突いたものだった。
不確定要素であるので万一バグが『修正』されていることも想定し、ここから先の代替手段も構築していたが、
「……助かった、と言うべきか」
一つため息を付き、和真は速やかにこのフロアでの『ヴィタリタス』護衛のための魔物の掃討を再開した。
――最下層到達まで、残り約230メートル。
*
「ネズミが地下7階まで降りてきたよ、兄さん」
最下層。
淡く
「いじましく飛行機でこの『鉢』をつついていたと思ったら、たった三人とデクの坊みたいな機械の化け物で乗り込んでくるなんて、お笑いだね」
「確かに人数は少ないな。群れるのが好きなサルどもらしくもない」
答える青年は、どこか他人事のように穏やかに感想を述べる。
「相変わらず廊下も階段も使えない低能共だけど、どうする? 僕が行ってやっつけてこようか?」
「いや」
妙にはしゃいだように言う少年に、横から口を挟んだのは赤毛の壮年の男。
「坊ちゃんがこの場から離れれば、それだけ『種』の発芽も遅れる。ここは用心棒たる俺が行くのが筋だろう」
赤毛の男はそう言って立ち上がり、「それに、たった三人で乗り込んでくる奴らの顔も拝んでおきたい」と呟く。
それに銀髪の青年は、柔らかく微笑み、
「そうだね。じゃあ頼んでいいかい。赤毛さん」
笑顔と同様に柔らかな声音で告げる。赤毛は手を挙げて、
「承知した。すぐに片付けてご覧に入れよう」
野太い声でそう答えると、ゆっくりと歩き出した。
その姿が見えなくなった所で、少年は青年に、
「なんだ、つまんないの。せっかくだから僕も遊ばせてくれてもいいじゃん」
「奴の言うとおり、お前にここから離れられても困る」
青年の言葉に「でも……」とぐずる少年の頭に、青年は優しく手を添えて髪を撫で「もう少しの辛抱だよ」と笑う。
そして、翠光を放ち続ける卵を見上げ、
「――あと少しで全てが終わり、そして始まるのだから」
