-学園編-

「トバリ!!」
 ぴしゃりと部室の扉を開け、なじみのある声が言い放つ。
「あんたピアノできるって言ってたよね?」
 いや、そんなこと言ってません(汗)
「だったら練習して。来週市内でやる合唱コンの伴奏を探してるって言われたから、うちの後輩にピアノできる奴がいる、ってOKしちゃったわよ」
 勝手にそんな話が進んでるんですか。
「それくらいのボランティア精神を持たなきゃ宣伝にならないわよ」
 これについては後ほど。
 にしても、僕じゃなくて先輩が弾けば話は済むじゃないですか。
「楽譜が読めない人間に対しては酷以外の何物でもないわ。ハイこれ。一週間以内によろしくね」
 僕に何かを放り投げるや否や、先輩は颯爽と去って行った。
 投げられたものをよく見ると、楽譜。
 先輩、自分で「酷」といったものを他人にさせる気ですか。

 僕の通う仲津原大学付属中は、大学・高校と同じく規模だけはやたら大きく、大金をつぎ込んで有能な人物を次々と引き抜いているらしい。おかげで、全国大会の常連なんてところもある。文化部もその例外ではなく、毎年全国レベルの賞を獲る人が多くいるらしい。
 ただし、これは大手に限った話。僕が所属する園芸部のような、中高合わせて部員2名の弱小マイナー部は、新入生が興味を持つどころか存在自体知られていないのだ(泣)
 僕に無茶振りをした――もう一人の部員にして部長である高3の三雲先輩は、新入生の目を引くため、随所で売名行為に奔走している。学校中の花壇という花壇に花を植えまくった上に「この花壇は園芸部が整備しました」というプレートをこれ見よがしに立てていった。もちろん僕もこれの手伝いに駆り出され、重労働のあまり1日寝込んだのは最近の話だ。
 一方体力と気合の有り余った先輩は、ただでさえバカでかい学校でも飽き足らず、市内全域に活動範囲を広げようと計画していた。もちろん、学校とは勝手が違うのでやめてくださいと必死で止めたけど。
 そんな花壇不法占拠キャンペーン拡大に代わって編み出されたのが、他ならぬ「ボランティア活動」だった。ボランティアの名目でイエスマンになってしまった先輩のあおりを喰らった結果がこれだよ。もう公開処刑だ。

「――で、ピアノの調子はどう?」
 まったく悪びれる様子もなく、全ての元凶、もとい先輩が尋ねた。
 先輩が提示した期限まであと3日――正直僕は心身ともに参ってしまいそうだった。初心者向けのピアノ教本は自腹、勉強そっちのけで寝る間も惜しんで練習に明け暮れているのに、何でのうのうとしていられるんだーっ!と言いたいところだったが、そんなことを5つも上の先輩に言えるはずもなく。まあ、仮に言ったとしてもスルーされるのがオチだろうけど。
 (せめて)練習したいんでしばらく休みたいです。
「ダメよ。園芸部の本分はガーデニング。副業なんかで本業がおろそかになるなんて持ってのほかだわ」
 先輩、理不尽すぎます。
「じゃ、3日後の本番まで頑張って。ちゃんと部活は定時に出ることね」
 え?

当日編につづく