騎士
クラウニング
目が覚めると、何処かの布団の中だった。何処かの宿のようだが、さっぱり分からない。俺が気を失っている間に何があったのだろう。
外は明るい。俺が倒れてから、どれくらいたったのだろう。
体を起こす。まだ節々が痛い気がする。無茶をしすぎたのだろうか。そういえば、フランシスカさんは大丈夫だったのだろうか。歩けたのだろうか。もしかしてティツィアーノさんが俺と彼女と、俺の魔剣を一人で運んだのだろうか。まさか、いくら元軍人とはいえ、そんなことができるのだろうか。
少しあたりを見渡すと、魔剣は革袋に仕舞われベッドのそばに置いてあった。ティツィアーノさん達を疑うわけではないけれど、俺は少し安心した。
ベッドに腕をついて、なんとかベッドからでる。マントは外され近くの椅子の背もたれにかけてある。服は見覚えのないものだった。手触りの良い麻の上下の服を着ている。どうも下着も変わってるような気がする。ティツィアーノさんが着替えさせてくれたのだろうか、恥ずかしい。
二人は何処にいるのだろうか。よくよく考えると、二人はお似合いだと思う。俺が家族のように感じているせいかもしれないが、二人とも顔は良い方だし性格も良い。どちらも強いし、旅の技術もある。俺がいなくても二人がいれば、この旅は、王女を助け王を元に戻すという旅は、完遂する気がする。あの二人と一緒に俺がいること自体おかしいような気さえする。俺が、邪魔者なのだろうか。
顔を洗いたくて、鏡の前に立つ。いかにも疲れてますというような顔をしている。顔の造形自体はいいのだろうけど、だだもれするオーラがどうもぱっとしない、冴えない。どうせ俺は役に立ちません、どうせ俺は足手まといです、どうせ俺は厄介者です。俺全体から、そんな雰囲気がでてる。負のオーラが、にじみ出てる。こんなんじゃ、好かれるはずがない。どうして、あの二人は俺についてきてくれる、否俺と一緒にいて俺を連れて行ってくれるのだろうか。同情なのだろうか。あのリリスとかいう少女もなぜ、俺を選んだのか。彼女が、変なだけなのだろうか。
ずっと考えてたら、もの悲しくなってきた。なんか考えるだけで、エネルギーを膨大に消費してる気がする。もう考えるのはやめようと、俺はまた布団にもぐった。何も考えないには、布団の中で横になるのが一番だ。
また寝てしまおうかと、俺が目を閉じると、木の扉が開く音がした。古びた扉が軋む音がする。誰かが、入ってきたようだ。
「まだ、寝ているか」
そうティツィアーノさんの声がして、扉が閉められた。俺は、また一人に戻った。
結局俺は、もう一度、寝ることにした。
夢を見た。真っ暗い中で、俺がたった一人ぼっちでいる夢だ。お袋や親父の声がする。妹や弟の声がする。同級生の声がする。みんな、笑っている。俺を見て、笑っている。神様もいた、吸血鬼もいた、オールバックもいた、殺人鬼もいた。殿下も、月姫さんもいた。ティツィアーノさんもフランシスカさんもいた。みんなで俺を囲んで、笑っていた。姿もなく、声だけで、嘲笑っていた。
耳をふさいで、しゃがみこむ。何も耳に入らないように、うずくまった。目だけは外を向いていて、無意識のうちにカッターを探している。
生きたいのか、死にたいのか、分からない。何も感じたくない。
あの時、死んでしまえばよかった。そうしたら、こんな思いをしなくても済んだのに。
苦しくて、息をするのをやめようとした。
暗闇の向こうで、何かが光り輝いていた。赤く、紅く、朱く、炎のように暖かく光輝いていた。俺を呼ぶ声がする。誰の声か分からない。ただ、優しく、俺を呼ぶ声がする。女の人と、男の人が、俺を呼ぶ声がする。
誰だか分からないのに、とても安心した。今すぐに抱き着きたい衝動に駆られた。何も知らないのに、この人達だけは、心から信頼できるとそう思えた。
涙がでた。俺も、今すぐそっちへ行くよ。声にならない声がでた。腕を伸ばす。立ち上がり、一歩踏み出す。早くそっちへ行こうと、俺は加速する。二人が腕を広げて、俺を待っていてくれる、そんな気がした。
次に目が覚めたときには、外は赤く染まっていた。もう、夕時だった。
服が濡れていた。すごい量の汗をかいたらしい。髪の毛をかき上げると、髪の毛を濡れていた。顔も、汗で湿っている。ただ、頬の下だけは生温かくて、涙が乾いていてなんだか痒かった。
体を起こしたが、もう痛くはなかった。疲労感もとれていた。
体が汗でぬれて気持ち悪いのでシャワーを浴びようと思い、ベッドから出ると、扉が開いた。フランシスカさんだった。
「もう、大丈夫なの」
そう聞かれたから、うなずいておいた。さっきの夢のせいか、少し距離を置きたかった。
「夕飯にするけど、食べられる?」
「シャワーを浴びてから行きます」
「そう、食堂は一階に行けば分かるから、待ってるね」
そう言って、フランシスカさんは去って行った。俺は風呂に向かった。
一人になりたい、独りになりたい。もう苦しいのは嫌だった。人を穿った目で見るのには、疲れた。ティツィアーノさんもフランシスカさんも、なんで俺なんかに、まともに接してくれるのだろう。嫌なら嫌と、言ってくれればそれでいいのに。仕方なくてそうしてるのなら、やめてくれればいいのに。殺してくれればいいのに。どうして、いつまでも解放されないのだろう。
風呂から出て、もともと俺が着ていた服を着る。ワイシャツに黒いズボンだから、この世界の人達から見たら、奇妙な格好なんだろうな、と思って悲しくなった。
一階に行くと、食堂はすぐそこにあった。入って見渡すと、フランシスカさんが俺に気づいて手を振ってくれた。ティツィアーノさんは煙草をふかしつつ、酒を飲んでいた。
俺はそっちへ向かい、席につく。フランシスカさんがウエイトレスを呼び、食事を頼んだ。
「体はもう大丈夫なのか」
ティツィアーノさんが、静かにそう聞いてきた。煙草の煙をちょっと吸い込んでしまい、咳き込んだ。
「はい、大丈夫です。あの、俺どれくらい寝てたんですか」
「そうだな、お前が倒れてから、今日で三日目だ。丸々二日くらいだろうな」
俺はそんなに寝てたんだと思ったら、二人に申し訳なくなってきた。特にティツィアーノさんはそれなりに、急いでるだろうに俺の所為で足止めしてしまった。俺のことなんか、置いていけばいいのに。
「フランシスカさんは、大丈夫だったんですか」
「ええ、平気よ。相手が魔法を使ってきてね、ちょっと右半身焼かれちゃったけど、弱い魔法だったから、自分で治せたわ。心配させちゃってごめんね」
謝るのは、俺の方だったのに、声がでなかった。適当に曖昧に笑って、「それはよかった」とごまかした。
「ところで、ユータ」
ティツィアーノさんが再び、話し始める。
「お前のあの技、使うところは初めて見たが、お前技を使う度に倒れるのか」
「あ、はい。前に一度別の技を使ったんですが、そのときも気絶しました」
「そうか、フランシスカが看たところ、お前があの技を使った後、体力だけでなく魔力の消耗も激しいそうだ。俺は魔力の一切ない人間だからよく分からんが、魔力は生命力と言っても過言ではない。少しでも残っているなら休んで回復できるが、あんまりに一度にたくさん使うと、お前死ぬぞ」
ティツィアーノさんの言葉にはっとした。もしかしたら、俺は無意識のうちに、リミッターを外していたのかもしれない。俺が死んでもいいように。むしろ、俺を殺すように。
「俺達と共にいる間、お前は技を使うのは禁止だ。剣捌きだけで戦え、いいな」
ティツィアーノさんの言葉に俺は、とりあえず、うなずいた。だが、俺はきっと従わない。
きっと、俺はまた、技を使う。
その日は、夕飯を食べて、寝た。あんなに寝たはずなのに、俺は眠れた。
次の日、宿を出て、俺達は次の町へ向かった。王都の前に通る町、月姫さんがいる町。
俺達は、数日後にそこに着いた。人の気配は、少数しか感じられなかった。
やはり、血の匂いがした。濃い、血の匂いだった。
「この町に、王女がいるはずだ」
ティツィアーノさんがそう言った。
「でも、この町は広いわ。私は探知系の魔法は使えないし、手分けして探すしかないわ」
フランシスカさんのその提案に、ティツィアーノさんと俺はうなずいた。俺達は方々へ散った。
俺は北の方を調べた。まだ残ってる民家を、一つずつ探した。面倒くさかった。俺を助けてくれなかった月姫さんを、どうして俺が助けなければならないのだろう。ずっと、考えてた。それでも、俺がこうしているのは、一重にティツィアーノさんとフランシスカさんに嫌われないためだ。俺にとってはいらない同級生だが、彼らにとっては国の大事なお姫様だ。助けないわけにはいかないのだろう。
この町にある、魔法学校。俺が探してる北の区域にあったから、入ってみた。見た目はただの民家だったが、中は立派な宮殿のようだった。内装は大理石だった。ただ、人が一人もいないせいか、やけに冷たく感じる。生徒は返されたのか死んだのか、知らないが俺は突き進んだ。
上に上ってしらみつぶしに探す。体力がついてるからか、九階まで上っても息切れしない。成長のあかしだ。
様々な部屋がある。俺達が使っていた教室によく似た部屋、理科実験室ような部屋、膨大な量の本が所蔵されてる図書室。しかし、その部屋のどこにも、人はいない。
もう諦めようかと思って入ったのは、おそらく校長室だった。いつの校長か知らないが、大きな肖像画がかけられている。黒い撫でつけられた髪、理知的な緑の眼、たっぷりとたくわえられた黒い髭。黒い魔法帽、緑の留め金の黒いマントを着ている。椅子に座り、右手は杖を持ち、左手は膝に置かれている。
部屋には革張りのソファーや本棚、乱雑とした机があり、いかにもな魔法道具や本が散乱している。
人の視線を感じた。上を見上げると、肖像画と目があった。絵の中の澄んだ緑の目が俺を追う。薄気味悪かった。
肖像画の口が、小さく動く。
心霊現象に巻き込まれたようだ。殺されでもした校長が、憑りついているのだろうか。不気味だ。それでも、なぜかこの部屋を出る気にはなれなかった。
口の動きは小さいが、何かを必死に伝えようとしている。俺に読唇術なんて使えないが、読み解いてみる。あ、お? 俺は周りを見渡して蒼いものを探すが、そんなものはない。もう一度見る。目が俺の足元を向く。口が動く。あ、お。 否、お、ではない。何か別の文字だ。もう一度口元を凝視する。あ、こ?
俺は足元を見る。掌に収まるぐらいの小さな木箱が、転がっていた。なるほど彼は、箱と言っていたのだ。俺がそれを拾い、肖像画に見せると、彼はうなずいた。
俺が開けようとすると、鍵がかかっているようで、音が鳴るだけで開かない。再び、肖像画を見ると、また口を動かした。あ、い。おそらく、鍵のことを言っているのだろう。
俺は足元を見渡し、鍵を探す。しかし、どこにもない。俺は助けを求めて、肖像画を見る。彼は小さく、首を振った。俺の足元には、ないのだろうか。
「どこだ?」
独り言のように、俺が言うと、肖像画はまた口を動かした。先程とは、動きが違う。三文字だ。あ、あ、い。どういうことなのだろうか。
彼の左手が重たく動いた。指は、彼の留め具を指している。
俺は自分の胸元を見る。何もない。どうしろと言うのだろう。
肖像画の男は、俺に手招きした。俺は机を避けて、肖像画の眼の前に立つ。肖像画はかなり大きい、首が痛くなる。
男は、マントの留め具を外した。マントの中央がはだける。男は留め具を持った左手を差し出す。俺はどうすればいいのか分からず、立っている。男の口が、お、あ、え、と動く。何を言ってるのか分からないが、俺は腕を伸ばしてみた。
絵の中から、ぬっと腕が出てきた。気持ち悪いが、俺は避けない。その手は、俺の手に何かをのせた。ひやりとした感覚だ。
腕は引っ込み、もとの肖像画に戻る。男は俺を見てうなずいたのを最後に、動かなくなった。
俺は手にのせられたものを見る。男のマントについていた緑の留め具。光の受け方次第で、色を変える不思議な石だ。俺がそれをひっくり返すと、留め具の裏に鍵が貼り付けてあった。俺はそれをはがし、留め具をポケットに入れ、鍵を木箱の穴に入れた。はまった音がする。俺が鍵を回すと、箱が開いた。中には、ペンダントが入っていた。金色の逆十字に、真っ赤なガーネットとルビーが埋められてある。光を反射しているわけないのに、煌々と光っている。俺はそれをポケットに入れた。
俺は部屋を出ようと、机をまわる。机には手をつくと、大きな音がした。音の方を見ると、肖像画が縦に割れ、下へ向かう階段が現れた。明らかに怪しい。ティツィアーノさんやフランシスカさんに報告すべきか迷う。だが、俺は進む方を選んだ。どうせ、二人にはそう簡単には会えないだろう。
階段は螺旋状になっていて、長い。校長室は四階にあったはずだが、おそらくこの階段は地下に続いている。下りた段数から考えても、もう一階は過ぎたはずだ。
階段が終わると、長い廊下が待っていた。申し訳程度のろうそくが、ぽつぽつと灯っている。俺はそれを頼りに前へ進む。
人の声が聞こえてきた。誰かがすすり泣く声と、誰かが笑う声。女と男、少なくとも二人いる。
廊下の先には、おおきな部屋があった。一番奥に、誰かがいる。
突然明るくなった。俺はとっさに目をつむり、ゆっくりと片目ずつ開けた。豪奢なシャンデリアが、吊るされてある。向こうには、月姫さんが縛られている。
俺が数歩進むと、敵に囲まれた。あの白髪の集団だ。俺を二重、三重と囲んでいる。全く顔が同じ。見分けがつかない、クローン集団。その向こうから、声がする。
「ヤっぱり、来たんだね。ケケ、予想通リだよ。でも、この子はソう簡単には渡さないよ。まずは、そいツらを倒してみなよ」
あの殺人鬼の声だった。姿は見えないが、こいつらの向こうにいると確信がある。
俺は剣を抜いた。白髪の奴らも、それぞれにナイフを出して構える。どうやら、こいつらからかかってくる気はないらしい。しかし、俺も迂闊には動けない。目の前の奴を斬りに行った瞬間、後ろの奴にやられる可能性がある。どう考えても、多勢に無勢、不利だ。
ここには、ティツィアーノさんもフランシスカさんもいない。敵と月姫さんがいるだけだ。最悪、彼女も殺してしまうことになるが、そうなったらなったで、初めから死んでたと言い訳するだけだ。俺は、覚悟を決める。
前のように、俺が死の瞬間にいるとか、怒り始めたとかではない。前は魔剣が勝手に力を貸してくれたが、今回はそうはいかない。俺から、力を貸してもらいにいかないと。
俺は魔剣を両手でぎゅっと握り、語りかける。俺に力を貸してくれ、目の前の奴ら全てを滅ぼすだけの力を貸してくれ。俺に、力を!
魔剣から、力が溢れる。誰にも見えない、俺だけが感じる力が溢れる、みなぎってくる。何をすべきか、手に取るように分かる。今までとは、また違う技だ、使う度に違う技が出てくる。
俺は剣を床にたてる。足元を黒い炎が囲む。敵は警戒し、一歩下がる。黒い炎は、徐々に大きくなり、俺を囲んで渦巻く。あちらから俺は見えないが、俺からはよく外が見えている。奴らが、何もできないのを見て、口角が上がる。
「お前ら、さっさと行かないとミンチにするぞ」
殺人鬼が声を怒声を上げている。あの笑い声も、片言の喋りもない。自分の手下が何もできないのを見て、怒っているのだ。
「
逆流の川!」
誰かが、水の魔法を使う。しかし、俺の黒い炎はそれすら弾く。完全に、成す術がないようだ。
黒い炎が、シャンデリアに届くくらいに大きくなり、中で剣を振るえるくらいの直径になった。俺は剣を構え、口を開く。
「
怨念の闇焔!」
瞬間、黒い炎は俺をすり抜け、白髪の奴らを襲い始める。竜巻のように渦巻きながら、奴らを追う。避ける奴らもいるが、ほんの少しでも触れると、黒い炎が体を蝕み骨が黒炭になるまで焼き尽くす。月姫さんが凄惨なこの光景を見て、悲鳴を上げた。
今までなら、俺の体はもう力もなく倒れていたはずだ。しかし、今は倒れる兆しがまるでない。むしろ、いつもより力が溢れるくらいだ。
炎を避けた奴らが、俺に向かってくる。ナイフを向けてくる奴には、ナイフを避けながら斬ってやる。魔法をかけてくる奴らには、魔剣で魔法を跳ね返したあと斬ってやる。今まで、こんなに圧倒的な力の差の中で戦ったことはない。とても、楽しい。今まででは、考えられないくらい、心が躍る。なんて、愉快なんだろう。
「
風の城壁!」
殺人鬼が声を荒らげながら、魔法を使う。黒い炎は奴らの方にも向かったようだ。殺人鬼の魔法によって、炎は方向転換する。そのおかげで月姫さんも無事なようだ。
俺は、目の前の敵を斬り倒していく。この場に味方は誰もいないから、誰も頼らない。だが、俺は慣れている。今まで、味方なんて一人もいないところにいたんだから。
「
溺れる大海原!」
背後から覚えのない男の声がした。その瞬間に、後ろから突き飛ばされるような感覚に襲われ、俺が前に倒れると俺を巻き込んで大量の水が部屋に溢れる。俺の出した黒い炎も跡形もなく消えたようだ。
水はすぐに引いた。水で重くなった体を起こし、立ち上がって振り向くと、ティツィアーノさんとフランシスカさん、それにラティエラという人もいた。どういうことなのかさっぱり分からない。
俺に襲いかかってきていた白髪の奴らもちらほらと、立ち上がる。殺人鬼と月姫さんは、影響を受けていないようだ。
殺人鬼は、前と格好が違う。蛍光オレンジの髪に、瞳孔だけが黒い焦点の合わない白い眼。だが、確実にそいつは殺人鬼だった。双子という案すら否定される。奴こそ、殺人鬼。
俺がしばらく呆けていると、ティツィアーノさんが俺の方に向かってきた。
「この馬鹿!」
思い切り、拳骨で頭を殴られる。すごく、痛い。何度も殴られてきた光景がフラッシュバックして、気持ち悪い。
ティツィアーノさんは俺の方をがっしり掴んで、口を開く。
「技を使うなと言ったはずだ! 確かに俺達は此処にいなかったが、一人ならなおさら使っていいわけがないだろう! この馬鹿が!」
ティツィアーノさんは激しく怒っている。気持ち悪くて吐きそうなのを我慢しながら「ごめんなさい」と小さく言った。
「分かればいい」
ティツィアーノさんはそう言って、手を放した。
「王女殿下に何かあったらどうするつもりだったんだ、この愚か者が! ジュリエラ殿下、ご無事ですか!」
ラティエラさんは俺にそう怒ると、月姫さんに向かって叫んだ。ラティエラさんの目は、俺に対する侮蔑でいっぱいだ。
気持ち悪い、吐きそうだ。血の気が引いていく。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。どうにかなりそうだ、気が、狂いそうだ。
「ティツィアーノ、手を貸せ。殿下を助けに行くぞ」
ラティエラさんはティツィアーノさんに、そう声をかける。ティツィアーノさんは「御意」と返事をする。
「フランシスカ、小僧を見ていろ」
ティツィアーノさんはそう言い残し、ラティエラさんと殺人鬼に向かって行った。
金属のぶつかり合う音がする。頭に響く。剣で俺の体を支えなければ倒れる。足に、力が入らない。
「やあ、妾腹」
殺人鬼が、ラティエラさんに挨拶をする、楽しそうに。
「黙れ、貴様」
苦々しげに、ラティエラさんが言う。
「一体、何をしに来たのかな? 王女を助けに来たのかな?」
「無論、それもある。だが、それ以前に、従兄弟をお前達の呪縛から解きに来た。このままでは、貴様らの所為で、国民が反乱を起こすだろう。そうなったら、近隣諸国が黙っていない。いずれ、多くの国を巻き込んだ戦争が起こる」
「ヘ〜、そうなんだ。でも、そウなって当然だよね。あの悪魔は、それが目的なンだから」
「貴様」
絞り出すようにティツィアーノさんは言うと、二人は殺人鬼に斬りかかる。
ラティエラさんとティツィアーノさんは、殺人鬼と白髪の残党と戦っている。おいしい所は全て、持って行かれる。本来なら俺がそこに立っているはずなのに、これでは俺の方が引き立て役だ。俺は足手まとい、まさに、噛ませ犬。
ラティエラさんの剣は、俺の魔剣と違って神々しい。さすが、聖剣といったところか。俺の魔剣は、魔剣というだけあって禍々しい。
フランシスカさんが俺のところに来た。今にも倒れそうな俺の顔を見て、なんだか驚いた顔をしている。「大丈夫、大丈夫?」と背中をさすっている。
「本当は、治療魔法で治してあげたいんだけど、あなたのその魔剣は攻撃魔法同様治療魔法すら弾くわ。なんの力にもなれなくて、ごめんなさいね」
フランシスカさんは、俺にそう言った。俺には、魔法は一切効かないのだ。だからこそ、余計技を使わせたくなかったんだろう。
金属音が突如、止んだ。同時に、俺の目の前に殺人鬼が現れる。
「弱っテるお前から、ヤるね」
笑っているのに、焦っている、そんな声でそいつは話しかけてきた。
「させないわよ!」
とフランシスカさんが迎え撃つ。隠し持っていたのだろう短剣で、奴のナイフを受け止める。
ああ、俺も何かしなきゃ。俺は思うだけで、何もしない。体が、動かない。
二人は魔法をかけあい、斬りあいながら戦っている。ラティエラさんは月姫さんの縄を解いている。ティツィアーノさんは白髪の奴らを倒していく。俺は、何もしない。
力は溢れてくる。魔剣から通じて、力がみなぎってくる。ただ、精神的に不安定なのか、俺は今、動けないでいる。力はあるのに持っていく場所がない。力を体中に行き渡らせるだけの、気力がない。
ズッと、床が揺れた。天井を見上げると、シャンデリアが落ちかけている。ぼんやりと俺がそれを見ていると、殺人鬼もそれに気づいたようだ。口角を吊り上げて、シャンデリアを吊るしている鎖に向かって、その切れ味のいいだろうナイフを放った。
シャンデリアの落ちる先は、俺。おそらく、フランシスカさんも損傷を負うだろう。
ああ、俺死ぬのかな、と思った。初めに化け物に襲われた時と同じように、力が溢れてくるのに、何もしたくない、何もできない。俺は、ただぼんやりと眺めているだけだ。
諦めようと思ったときだった。ポケットが光りだした。片手を突っ込むと、先程手に入れたペンダントの逆十字が、暖かくなっている。俺はそれを取り出した。
「「それは……!」」
それを見たラティエラさんと殺人鬼が同時に叫ぶ。
カッと俺の左手がうずく。すごく、熱い。切り落としたくなるくらい、熱い。皮膚の中で、何かが燃えてるようだ。左手中に煙草を押し付けられているようだ。
左手に何かが現れる。魔法陣のような、紋章が現れる。惑星記号に囲まれた円の中に、星座記号で囲まれた三角形があり、その中に目と星が描かれている。その紋章が燃えるように光っている。
逆十字と紋章が輝き、俺の目の前は恐ろしく眩しい。何も分からなくなるくらい、眩しい。ただ、体から力が抜けていくのが分かる。
ナイフが鎖に刺さった。鎖が切れる音がする。シャンデリアが落ちてくる。
「
堕転灼熱」
殺人鬼が、静かに唱える。俺の周りを真っ赤な炎が囲む。魔剣は、俺や剣自体に触れない魔法を弾くことはできない。ただ、炎は俺の方に向かってはこない。俺の周りに、薄い金の膜が張られているような感覚だ。
シャンデリアが落ちてくる。俺は、押しつぶされるのだろうかと思ったが、シャンデリアは俺を避け、フランシスカさんとも別の方に落ちた。金の膜が弾いた。
炎は、まだ燃えている。どうすればいいのか、分からない。
「ユータ!」
心配そうに、ティツィアーノさんが叫んだ。
炎が、殺人鬼の方に向かわないかなと、ふと思うと、炎は俺の方に進もうとするのをやめた。その変わり、猛烈な音をたてて、殺人鬼の方へ向かう。
フランシスカさんは、即座に避ける。
「どういうことだ!」
殺人鬼は怒りながら叫ぶと、消えようとする。大きな暗い穴が、背後にできると、そこに吸い込まれていく。
「行かせるか!」
ラティエラさんが叫んで、こちらに来る。殺人鬼は、一瞬そちらを向いて
「覚えてろよ!」
と叫ぶと、闇に呑まれていった。同時に炎も、消えた。
俺を包んでいた金の膜が消えていく。逆十字は輝くのをやめ、紋章も輝かず刺青のようになった。
技を使ったあとと、同じ疲労感に襲われる。無理だ、倒れる。俺は何かあると倒れるキャラなのだろうか、と呑気に想いながら、俺は意識を切り離した。
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