好意
リジェクト



 あの後、ラティエラさんが、逆十字のことを説明しに来てくれた。魔剣に反応し、魔剣による大量の魔力の消耗を抑えてくれるものだそうだ。魔法学校で大事に保管されていたらしい。あいつらはこれを探していたんだろう。だが、俺の紋章のことは、分からないらしい。
 しばらくは、ラティエラさんが政治をするそうだ。当たり前だが、月姫さんには、まだ任せられないそうだ。
 俺達は、王を殺した後、城を去りあいつらのボス、全ての黒幕を探すことにした。
 旅立ちの朝のことだった。身支度を整え、城の門に立った時、月姫さんが話しかけてきた。
「私、この前助けられてからずっと、魔法の修業をしていたの。私は治療魔法の見込みがあるから、フランシスカさんに教わってたの」
 見送りに立ったのは、ラティエラさんと月姫さんだけだった。王がいるとかどうとか、そんなの関係なく俺達はあまり好かれる集団ではないようだ。魔剣使い、解雇された元軍人、それにジプシー。好かれないのも、納得できる。
「それでね、私も連れて行ってくれないかなって」
「戦えるのか」
二人には決して聞かせないような、声がでる。彼女を目にすると、どうしてもこういう声になる。
「それは無理かもしれない、でも、きっと役に立つよ。罪滅ぼしとして、償いとして、私を連れて行ってほしいの。足を引っ張らないようにするから!」
月姫さんは、泣きそうになりながら言う。俺の心は、全く動かなかった。
「連れて行ってくれないか」
ラティエラさんが、静かにそう言った。王を殺してから、ラティエラさんはずっとこんな感じだ。放っておくといつの間にか、いなくなって死んで帰ってきそうな。
「お前の気持ちは痛いほど、よく分かる。だから本当はこんなことを言うべきではないのかもしれないが、だが、どうか連れて行ってくれないか。ジュリエラは私の大切な人の娘なんだ、悲しむ姿は見たくない。自分勝手なことは分かっている、だが頼む」
「…………勝手にしたらいい」
 ラティエラさんが、こんな風に頼む姿を見たくなかった。こんな痛々しい姿を、見ていたくなかったから了承した。ティツィアーノさんが、俺の肩を叩いた。
「……! ありがとう! 準備してくるね」
月姫さんは、そう言って去って行った。これで、もう終わりにしてくれるなら、なんでもよかった。
 旅の仲間は、四人に増えた。喜ばしいことなのに、俺の心は深く沈んだままだ。
 俺のときと同じように、休憩をはさみながら俺達は進む。多分、俺を含めて三人、彼女を足手まといだとは思っているけど、二人はそんなことおくびにも出さない。不機嫌そうな俺を、たしなめることもない。
 休憩中に、俺は一人であたりをうろついていた。がさ、と音がして俺は構える。しかし、緑の中にピンク色を見つけて、構えるのをやめた。
「今度は、風を吹かせないの?」
俺がそう聞くと、相手は森の中から出てきた。
「当たり前でしょ、私の魔力は無尽蔵ってわけじゃないんだから、毎度毎度やってたら疲れちゃうわ!」
高い声が森に響く。うちの高校の馬鹿な女達も、こんな声だったなと思う。月姫さんは、ましな方だ。
「で、どうして、此処にいるの?」
「あんた達が王を倒して王都を出たって聞いたの。そしたら、同い年くらいの女の子がいるじゃない? 私の予定としては、私とあんたが戦ってあんたが勝って、私を嫁にもらって吸血鬼の一族が復興ってなってるのよ。あんたがあの小娘に負けるとは思わないけど、取られちゃ困るのよね」
「ずっと、思ってたけど、どうして俺なの? 俺がこんな顔で魔剣使いってだけじゃ納得できないし、だいたい俺、吸血鬼じゃない」
「ん〜、それはどっちでもいいのよ。私だって吸血鬼なの半分だし、半分はエルフだもの。はっきり言うと旦那候補はずっと前から探してたの、生まれたときから私の使命は吸血鬼一族の復興だったから。確かに、あんたである必要はないの。そこそこ強くて顔がいい奴なんて、きっとごろごろいるでしょうから。でも、私はあんたがいいのよ」
「だから、それが、なんでって聞いてるんだけど」
 俺は、その場に腰を下ろした。彼女といると疲れる。本当に吸血するだけなんだろうか、他になんか混じってるんじゃないかと思う。
「あんたは、覚えてないでしょうけど。あんたが初めてきたところ、化け物に襲われてた町よ、分かるでしょ?」
 座った俺を見て、彼女は俺の横に腰を下ろした。むせ返るような、薔薇の匂いがした。
「私、あそこにいたのよね」
「え? 生きてる人はいなかったよ」
「そうね、あんたが見てた中にはいなかったはずね。偶然町にいてね、そしたら化け物に襲われちゃって、私もまあまあ強いんだけど、あんなに馬鹿でかい奴ら大勢を一遍に相手するなんて、無理なのよ、怪我もしちゃったし。だから、私血生臭いの我慢して、死体の下に隠れてたのよ。でも、そんなんじゃ、いずれやられちゃうのよね。もう私死ぬのかしらって思ってたら、なんか外が熱いじゃない。で、外出たらもう炎に襲われそうになって、怪我してたのに必死で逃げたのよ」
「それは、ごめん」
「別にいいわ、魔剣の制御を初めてでやれなんて言う方が、無茶だし。まあ、結局私は、あんたに助けられたのよ。だから、よ。分かる?」
「ああ、うん。やっと納得いったよ」
「そういうわけで、私も仲間に入れなさいよ」
「!? どういうわけで!?」
「男が細かいこと気にしてんじゃないわよ。ほら、みんなのとこ行くわよ。私はあの小娘、牽制しないといけないんだから」
 暗に俺が好きだって言われたのは分かったんだけど、この人は本当に俺のことが好きなんだろうか。彼女の態度を見てると、そう思えた。嬉しいような、悲しいような。そもそも、まだ信頼してないのに。でも、きっと彼女は俺がそういう人間だって気づいているんだろうな。あのときのことを見ていたら、俺が正常な人間だなんて、誰も思わないはずだ。その俺を好きだなんていうんだから、物好きな人だ。
 月姫さんが俺を好きってことはないと思う。フランシスカさんが否定したように、彼女も否定するだろう。彼女が俺と共に来たのは、自己満足の罪滅ぼしだ。だが、それを彼女に言ったところで、「あんたは女ってものが分かってないのね」とか一蹴されるのがおちだろう。俺は何も言わず、三人のところへ戻った。
 二人は彼女を見て、驚いていた。俺ではなく彼女が説明すると、なんだか納得してないような納得したような、微妙な顔をしていた。これからは、常に嵐が一緒なのか、という諦めなのかもしれない。
 俺は彼女が好きなのかと言われたら、嫌いではないが正解だ。俺が人のことを好きになる日がくるのかと言われたら、分からない。ただ、きっと、いつまでも、人を疑い続けていくんだろうな、とは思った。我ながら疲れる生き方だ。それでも、俺にはこの生き方しかなかった。昔の俺の、身を守る唯一の方法。今の俺の、力以外で唯一の身を守る方法。下手に馴れ合わなければ、俺が傷つくことはない。ティツィアーノさんに対しても、フランシスカさんに対しても、心のどこかでそう思ってる。深入りしなければいい、させなければいい。二人は大人だから、きっと俺のことを分かってくれて、知ってても何も言わないだろう。だが、このリリスという吸血鬼は違う。知ってか知らないでか、心の中に土足で、平気な顔して踏み込んでくる、きっとそういう奴だ。根拠なんてない、ただずっと人のことばかり観てきた俺の勘がそう言っていた。
 嵐が訪れることは、もうない。ただ、ずっとその渦中にいることになるだけだ。それでも、月姫さんがいて不機嫌な俺と、それに気づいてて知らない振りする二人と、月姫さんの四人でいるよりはましだった。むしろ、彼女がいてくれてよかった。この点だけは、彼女に感謝する。



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