V 一次試験
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ヤマトはしばらく走った後、木にもたれかかるように座り込んだ。薄暗い辺りの気配をうかがうが、どうやら誰も近くにはいないようだ。
「ちっ、私の能力じゃキリングとは相性が悪い……。隠れとくしかねえか」
全く、一次試験からきついものだ……。ヤマトは疲れを残さないよう、休める今のうちに体力を回復しようと努める。
今、他の面々はどこでどう過ごしているのだろう。隠れているもの、活動しているもの……それぞれ思惑を持って過ごしている。
ウェルスから提示された、一次試験。
それは……「カクレンボ」
一次試験が発表されたのは、今よりだいぶ前のこと、まだ日が昇っている頃である。
「では発表ですぅ。一次試験は……“カクレンボ”ですぅ」
「カクレンボ?」
真っ先に疑問の声をあげたのはアカツバキ。パーカーのポケットに手を突っこんだまま尋ねる彼女にウェルスはまぁまぁと手で制しながら説明を続ける。
「範囲はこの見極めの丘。見ての通り、丘と言ってもこの辺りは森とかもいろいろありますから、思ったより広いですぅ」
それはムラクモをはじめ、全員が理解している。つまり、隠れ場所には事欠かないということだ。
「あ、ただしこの教会内だけは入っちゃだめですぅ。ここはあくまで試験の本部ですから、ここで暴れられても困るですぅ。もし入っていたら、失格ですぅ」
もっとも、勝手に入ろうものなら、ウェルスの後ろでニヤニヤしているパルスによって物理的な追放が待っているのだろう。パルスの実力は、全員がついさっき目にしたばかりだ。
いずれにせよ、隠れる必要があるというのは全員が理解していた。問題は……誰から隠れるのか、だ。
「それで? 合格の条件は何だと言うのだ?」
ヤマトが核心を突く。全員の視線を浴びるながら、試験を司る女神はゆっくりと手をのばし、人差し指を一本だけ、たてる。
「試験であなた達に要求するのは……」
ゴクリ、と誰かがのどを鳴らす音がした。
「……“脱落しないこと”。これ一つだけですぅ」
は?
ウェルスの言葉だけでは、説明になっていない。みんな首をかしげていたようだったのでウェルスはさらに細かい説明を続けていく。
「別にむずかしい話ではありません。今回、一次試験で脱落するのは一人だけ。ようはその一人にならなければいいだけですぅ。ぶっちゃけ、ただひたすら逃げ回るのもありですぅ」
だからこそのカクレンボ。誰かが脱落するまで逃げ、隠れていろというものだ。ただ、これだけでもやはり何から逃げればいいのかが分からない。
その答えは、次のウェルスの説明にあった。
「制限時間は二十四時間。それまでに誰も脱落しなければ、全員不合格とするですぅ。みんな逃げてばっかりでも試験として成り立ちませんから」
((……なん、だと?))
制限時間と言う思わぬ落とし穴。そしてこれこそが、カクレンボの最後のキモ……鬼が何者なのかを示していた。
逃げてばかりでは、不合格。だが、一人でいい、一人でいいから脱落すれば残りは全員合格となる。つまり……参加者六人は、隠れる側であると同時に、自分が合格するために鬼となる、ということなのだ。合格するためには、逃げてばかりでなく誰かを蹴落とせとルールは案に告げている。
「なんてやらしいルールだよ……」
「では、間もなく開始するですぅ! さーん、にぃ、いち」
ぜろぉ♪
突然開始された一次試験。しかも、今いる広場だって立派な範囲内なのだ。ここにいたら、誰かにやられるかもしれない。一瞬の恐怖がその場を縛り誰も動かない……かに思えた。
しかし、そんな空気の中、鋭い目をした人物が、二人いた。片方は右手に持つソレを強く握りしめ、もう片方へと手を振り下ろした。
「〜〜ッ!!」
「アァ? まさか避けるとはナ? 一応俺のスキル使ってたんだガ……」
右手のナイフをいじりながらニタリと不気味な笑みを浮かべるのはキリング。その前で、狙われた人物……ミナイはナイフを避けることができたものの肩で大きく息をしていた。キリング同様、ミナイも目を鋭くして気持ちを切りかえることができていなければ、今頃は凶刃に倒れていただろう。キリングが息をついたその隙に、ミナイはすぐに背を向け逃げ出す。
「チッ……まぁいいカ。おいウェルス、俺の“眼の前の殺人計画”はちゃんと機能したよナ?」
疑惑の視線を向けられたウェルスは不満げな目で彼を見返す。ちなみに、このやり取りが行われている間に、我に返った他の参加者たちもまた散り散りに逃げだしていた。キリングに気にする様子はないが。
「ずいぶんと失礼なことを言いますね。その手に突如現れたナイフが何よりの証拠ですぅ」
そう、確かにキリングはナイフなど持っていなかった。ミナイに切りつけようとした、あのときまでは。
「そうだナ……それもそうカ」
笑みを顔に貼り付けたまま、キリングは向きを変えてゆっくりと進み始める。その目は獲物を探して、爛々と光っていた。
「危ねぇ……。あのキリングって奴、好戦的すぎるだろ」
ムラクモはキリングがおってくる様子がないことを確認すると、ようやく走っていた足を止めた。
軽く息を整えながら、ゆっくりとその場に腰掛ける。
「確かに時間制限になる前に動くべきだろうけど……俺の場合は逆効果だな。どこか安全に隠れられる場所を探そう」
彼には確信があった。他の五人の誰も、彼を狙うことはまずない、狙う前にもう誰か脱落者が出るはずだと。
だって、それを可能にするのが“指揮者の立ち位置” なのだから。
「どうだ?」
「ハイ、ミカエル様。今のところ、近くに参加者は見当たりません」
ミカエルは今現在、自分の従者が一人、ナーシャの展開する結界の中にいる。ナーシャは結界の中にいる人物が自分たちであるということから、今のところ危険はないと判断していた。
「ようし! なら飯にしようじゃないか! 出でよ、 わが天使の一柱 、アリア!」
「アリア、ここに!」
巨大な魔法陣が展開され、その中央に現れるのは敬礼と共に返事をする翼を持つ美女、アリア。
召喚されたアリアはどこから持って来たのか弁当をミカエルの前に広げ始める。アリアが用意してくれている傍らでミカエルはナーシャに呼びかけた。
「おぅい、ナーシャも食おうぜ!」
「いやあの、今そういう場面じゃないってわかっていらっしゃいますか……?」
一次試験が開始して、六時間。キリングはようやく獲物を見つけたことに心の中で歓喜していた。内心、他の誰かと誰かが戦ってすぐに一次試験が終了するのを恐れていたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。
「ひひ……さぁ、楽しい狩りの時間だゼ」
今にも歌いだしそうなほどの笑顔を浮かべるキリングは、そっとその手に銃を召喚した。
遠距離を狙撃するタイプの、ライフルである。銃に心得があるわけではないが、今彼が所有するスキルのおかげでそんなことは問題にならない。
照準を少し先にいる獲物 に合わせ、引き金に指を添える。あとは、その引き金を引くだけで簡単に殺すことができる。
「ウェルスには感謝しねえとナ……。一次試験から、人を殺せる内容にしてくれるなんて、ナ」
キリング……本名は 桐生 修 。彼はむかしから、ある疑問をずっと持ち続けていた。
『どうして、人を殺しちゃいけないの?』
周りの大人はただ「悪いことだから」というだけ。ならばニュースで聞いた“せいとうぼうえい”というのは? 死刑だって殺してるじゃないか?
彼の疑問が解消されることはなかった。
やがて、彼はだんだんといら立ちを覚えていくようになる。人を殴っただけでも、怒られるようになった。こちらにい分があろうが無かろうが、そんなことは聞いてもらえない。ただ怒られるだけ。
死なせたわけでもないのに、こうだ。だったら殺したって同じじゃないのか?
常人ならば意味不明な暴論だが、彼の思考回路は確かにそんなプロセスを生み出したのだ。人を殺しちゃいけない理由とは何か? なければ別に殺したっていいじゃないか。駄目なことがダメな理由を知ることができなかった少年は、現実に不満をため込んだ結果ある幼女と対面するに至ったのだ。
「現実に不満があるからこそ、あなたはルアリへの入界条件を満たしたのですぅ」
「面白いじゃないカ……!」
人を殺せない、殺すことを禁じられて不満を抱く彼に芽生えたスキルが眼の前の殺人計画。目の前の相手を殺す条件その他が整えられるスキルだ。だからこそ、突然彼の手に適した凶器が与えられ、彼は殺人を瞬時に決行できる。まさに殺人の為のスキル。
そして今、彼はそれをもう一度使おうとしていた。いや、実際にはもう使っている。手には凶器である銃。やや離れた相手を殺すという状況ゆえに、遠距離を狙撃するための銃がその手にあるのだ。おまけに、スキルの補正により銃の技術については何も心配する必要はない。後は殺人を決行するだけだった。そして当然、今の彼にそれをためらう理由は無い。
(これで一次試験終了! バイバーイ!!)
引かれる引き金。轟く銃声。
あとは、獲物が死ぬ際の断末魔。それが聞こえる、
はずだった。
(銃声!?)
近くで聞こえたその音に反応し、ヤマトはそっと音のした方へと近づいていた。十中八九キリングだろうが、そうでない可能性もある。情報は集めておいた方がいい、なにせまだ一次試験なのだから。
そして、彼女は人影を見つけた。銃を構えるキリングと、その先にいる誰か。周りがもう薄暗いせいもあり、キリングが狙っていたのが誰かまではわからなかった。
(やはりあの男か……ん?)
だが、様子がおかしい。
キリングが、先ほどから微動だにしないのだ。銃を構えたまま、動こうとしない。それだけならまだ、狙って構えているだけなのだと考えることもできただろう。しかしもう銃声は鳴った後。それに、キリングの表情は、最初に見た笑みではなく明らかな……驚愕と恐怖を浮かべていた。
(バカな……!?)
キリングは恐怖する。確かに撃ったはずなのに、目の前の獲物は倒れる様子がない。しかもゆっくりと振り向き、近づいてくるその人物に対し、こちらは全然動けないのだ。
「どういうことだ……?」
「気になりますか?」
初めて相手が口を開く。だが、キリングも大和も驚きで声が出なかった。
どうして、今“その人物”の声がしたのかと。
「確か言っていましたね……あなたの不満は『どうして人を殺してはいけないのか』と。その理由は、人によっていろいろな答えがあるでしょうから一概には言えませんが……例えば、こんな答え」
ゆっくりとキリングに歩み寄るが、キリングがその場から逃げることはできない、許されない。
「人を殺してはいけないと決められているのは、『自分が殺されたくないから』。どうですか? 今まさに殺されようとしている気分は」
その言葉に、キリングの顔が一層恐怖に歪む。ヤマトとしては、その場を動こうにも、下手に音など立ててこちらに注意を向けられてはたまらない。
そして、無慈悲な声と共に、キリングへ彼女の手が向けられた。
「これはカクレンボ。自分が鬼のつもりだったのでしょうが、あなただって本来“隠れて逃げる側”ですぅ」
軽く手が振られる、それだけで。動けないキリングの腹が、地面から生えた巨大な岩に貫かれた。
“飛んでいく蝶”の効果により痛みは無いだろう。しかし、彼はこの世界ではもう、確かに“死んだ”。
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