U 試験開始

 ウェルスから能力の説明書を受け取り、自分のスキルが何なのかを頭に叩き込んだ天羅はウェルスによりルアリへと転送された。
「ふーん……風景とかはそこまで現実と違うわけじゃないんだな」
 天羅がルアリに飛ばされたとき、真っ先に目に入ったのは森や山、川と現実の自然と全く同じ風景だった。むろん、それだけでなく遠くに目を凝らせば大きな町もあるようで、そこには建物がたくさん並んでいるようだった。しかし今天羅がそこに行くことはできない。
 ルアリに転送されるとき、ウェルスはこれからのことについて簡単に説明した。
「存界試験はこれから転送する“見極めの丘”で行われます。なので試験に合格して存界資格を得るまでは見極めの丘から出ることはできないですぅ。丘と言っても、広さは校庭を含む学校よりもちょっと広いくらいの大きさだし、敷地内にはそこまで広くないけど森とか川もあります。でも、宿泊施設をはじめ設備だって充実しているから心配は無用ですぅ」
 つまり、丘の領域外である町には行くことができない。後ろ髪をひかれる思いだったが仕方のないことなので天羅はあらかじめ指示されたとおり大きな白い建物へと歩を進めていった。
「そういえばここでの名前を決めろって言われたな。プライバシーの保護のための制度とか言ってたが妙な所にこだわるな……」
 そう考えた一方で、天羅は名前を変えるというこの制度が決してそれだけではないと考えていた。今までいた現実とは違う世界にいるということを実感できる効果があると考えたのだ。
「そうだなぁ……いっそ名前と全然違うものにすべきかな。うーむ……」
 自分の名前を決めるというのはなかなか難しい。「処理の都合上5文字以内でお願いするですぅ」とかウェルスが言っていたのでそこまで難しくする必要はないのだが。
 結局、建物に着くころには“ムラクモ”にした。天羅の名字は草薙であり、“草薙の剣”の別名である“天叢雲剣”からそう名付けた。
「……おー、そこそこいるなぁ」
 建物(近づいて初めてそれが教会だと気付いた)の前は広場になっており、天羅改めムラクモが着いた時にはすでに3人の人間がいた。
 一人目の男子はムラクモより年下のようで、中学生だろう。しかし男子にしては長い髪からのぞくその目はどんよりとしており、顔には不気味な笑みを浮かべている。歩くたびに、ズボンにつけられた鎖がジャラジャラとなるのが気になる。
 二人目は女子。やはり中学生だろうが一人目の男子よりさらに幼く見える。キョロキョロとあたりを見渡していて、どうやら試験を受ける他の人間を警戒しているようだ。
 三人目も女子。彼女はムラクモよりも年上のようで、雰囲気も何やら威圧感のようなものを感じる。実際、ムラクモが広場に入ってくるといるような視線を浴びせてきたのが彼女だ。というか、ムラクモにはなぜ彼女が学ランを羽織っているのかが理解できない。女子なのに。実際学ランの下は普通に女子の制服を着ているのに。
 広場にいる人間を確認した所で、ムラクモは自分も入れて参加者は四人かな? とこれから行われるであろう試験について考えを巡らせる。能力が与えられたわけだから四人でのトーナメントとか十分に考えられる。他には何があるかなぁと空を見上げたのだが、見上げた空には変なものが飛んでいた。
 いや、正確には……人間が。
「は?」
「おーっ、ここか!」
 飛んでいたのは一人ではなく、正確には翼が生えた二人の女性が一人の少年を運んでいるのだ。空を飛んで。
 声をあげた少年は傍らの女性に「下ろしてくれ」と頼み女性もそれに従い高度を下げていった。
「えーっと、四人? 俺はきさ……じゃなかった、ミカエルだ! ほら、お前達も自己紹介」
 いやに友好的なその少年、ミカエルは傍らにいた二人の女性(羽つき)に声をかける。ミカエルの言葉を受け、まずはむかって左の女性がうやうやしく礼をしてきた。長い金髪が特徴的な美人だ。
「私はミカエルさまの従者、アリアです」
「同じく従者、ジル」
 右側の女性もアリアにならって自己紹介する。ジルは茶髪のショートカットだが、やはり美人だ。
「ちょっと待て。なぜ、“従者”なんてものがお前にはいるんだ? お前も試験の参加者だろう?」
「あぁ、そうだよ。俺も参加者だ」
 従者がいるミカエルを問い詰めるのは先ほどムラクモに鋭い視線を飛ばした、あの学ランの女子だ。だがミカエルは何を言っているのかというように肩をすくめた。
「だからこそ彼女達がいるわけだ。特別に紹介してあげよう、俺の愛する従者たちを!」
 言った瞬間、ミカエルが右手を横にバッと払う。するとミカエルの周囲は光に包まれ、アリアやジル同様翼の生えた女性、あるいは少女が次々とミカエルを取り囲むように現れた。
 その光景は、まさに天使達の集い。
「これが俺のスキル。“我が楽園の天使達” (エンジェル・パラダイス ) だぁっ! フハハハハハハハハ!! どうだ、特にそこの男子諸君! うらやましいだろう?」
(いや、全然……)
 というか、なんだそのスキルは。
 現実において感じていた不満に応じてスキルというものは決定される。そのスキルがこれなら、不満と言うのは……。容易に想像できた分、ムラクモとしてはげんなりした気持ちをおさえられなかった。
 なにはともあれ、これで参加者は五人。だが、ウェルスからの説明が始まりそうな感じはしない。
「まだかなぁ……」
「そうだねぇ……」
 ポツンと呟くムラクモと、それに答える一人の少女。背はムラクモより低く、パーカーを着てフードもかぶっている。ムラクモを見上げる彼女はにこにこと笑っていた。
「私はアカツバキ。以後よろしくぅ!」
「お、おぅ……」
 いきなり隣でポンと肩をたたく少女、アカツバキにムラクモはしばらく正常な判断ができなかった。硬直から解けて初めて、その事実に気がつく。
「ってお前! いつからそこにいた!?」
「ついさっきかな。ウェルスにここに贈られてきた後、急いでここに来たんだ。いやぁ、間に合ったようでよかったよ」
 なはは……と笑うアカツバキ。だが、ムラクモは内心動揺を隠せなかった。
(こいつ、瞬間移動でもできるのか……? さっきは確かにいなかったのに……)
 考えたところでわかるわけもなく。とりあえず疑問は口に出さずに心の中にとどめていた。
 いきなり登場した彼女で参加者は六人となった。そして、そこでようやく彼女の声が辺りに響いた。


「お待たせしました!! 以上で参加者全員がそろったですぅ!!」


 そら来た、あのですです幼女が。
 ムラクモだけではなく、その場にいた全員が声のした方……すなわち、教会の前で仁王立ちしているウェルスの方へと視線を向けた。
「ではこれより、試験の説明……の前に、みんなの紹介をするですぅ! ここに来た順に説明しますね」
 ウェルスが真っ先に手で示したのは、ズボンに鎖をつけた、あの不気味な笑みの男子を示した。手で示された男子は若干いやそうな顔をしたが、ウェルスは全く気にする様子がない。
「彼の名前は、キリングですぅ!」
(あぁ、やっぱりここでの世界の名前なんだな)
 どうやらこのルアリでは現実での名前を用いることはないらしい。ウェルスがルアリでの名前を考えるようにと言っていたので、当然といえば当然だが。
「そして、彼の能力は……」
「……それは、言わなきゃいけねーのカ?」
 ムラクモが来て初めて、少年……キリングが口を開いた。 表情は先ほどよりも不機嫌そうである。この試験で有用と思われるスキルをばらされそうになったのだから、仕方のないことだが。
「あぁ……じゃ、内緒にしときますか」
「最初からそーしろヨ」
 ふんと鼻を鳴らすキリング。続いてウェルスは、この中で一番年下であるだろう、ずっと周りを警戒して見ていた少女の紹介を始めた。
「彼女が二人目。名前はミナイですぅ」
「…………」
 紹介されても、特に何かを口にする様子はない。黙ってウェルスの方を見ていた。
「続いて三人目。ヤマトですぅ」
 ウェルスが手で示したのは、学ランを着た女子。ミカエルが現れた時、彼の従者について難癖をつけていた彼女である。
「まぁ……よろしく頼むぜ、てめーら」
 ミナイやアカツバキの方をちらりと見て、ヤマトはだるそうに軽く挨拶した。
 これで、半分の紹介が終わったことになる。もっとも、後の三人については、すでにムラクモは知っていた。
「四人目は彼、ムラクモですぅ」
 四人目が自分のことなら、なおのこと。挨拶をした方がいいかとも考えたが、別に必要も感じなかったので何もしない。
「五人目は……みんな知っているので説明する必要はないと思いますが、ミカエルですぅ」
「試験に合格するのは、この俺だぜ!」
 両手を広げ、ポーズを決めるミカエル。ご丁寧に、召喚された彼の従者 (天使 )達は一部が派手にクラッカーを鳴らし、残りが拍手喝采をしていた。だから、今までの紹介の中でもっとも派手な紹介となった。
「そして最後が、六人目のアカツバキですぅ」
「はは、どもー」
 曖昧な笑みと共に軽く手を振るアカツバキ。だが、それを見る周囲の表情は固い。何せ、その少女はいきなりこの場に現れたのだ。それが彼女の持つスキルによることだろうとは誰もが考えていたが、今の段階ではその全容が分からない。情報がないのだ、仕方ない。
「以上六人がこのルアリにおいて存界試験を受けるメンバーですぅ。自分のスキルを存分に駆使して、ベストを尽くしてください、目指せ、現実 (リアル )現実からの脱却ですぅ!」
 おーっ! と腕を振り上げるウェルスにのってあげた者は、残念ながら誰もいなかった。一人ぽつーんと腕を振り上げることになったウェルスは、さびしそうに手を下ろした。
「うぅ……ノリが悪いですぅ……。だったらもう、すぐに試験の説明にはいるですぅ」
 いよいよ、試験。その言葉に、参加者全員の表情も一層引き締まる。ムラクモだって、それは同じだ。雰囲気が変わったことにウェルスは若干顔をほころばせて説明を始めた。
「試験は一次試験から三次試験の予定ですぅ。そして、それぞれの試験で脱落者が出ます。脱落者は当然、不満まみれの現実 (リアル )へ強制送還ですぅ」
(強制送還か……えげつねえ)
 当然と言えば当然の結果だが、やはりおいそれと許諾できるものではない。みな現実に不満を抱いてこのルアリへと来ているのだから。
「あ、そうそう。スキルというものは強力なものもありますから、当然下手すれば死ぬですぅ」
「ちょ、ちょっと待てよ!?」
 いきなり“死”という単語が出て来ては、ヤマトが思わず声をあげるのも自然だ。
「死ぬってどういうことだ!」
「そりゃあ、スキルは強力なものもありますから。でも安心してください、この世界で死ぬということは、つまりは試験からの脱落を意味するですぅ。一定以上の痛みはこちらでデフォルトさせていただきますし、“死”と判断されるダメージを受けた場合も、実際に死ぬわけではなくやはり脱落としてゴーホームならぬゴーリアルとなるだけですぅ」
 命が失われるわけではない。それが分かっただけでも大多数の人間が安堵した。だが、キリングはそうではないらしい。
「信用できねえナ……痛みがデフォルトされる? 死んでも脱落になるだけ? そんな保証がどこにあるんだヨ?」
「死んでも脱落、という点は体験してもらわないとどうしようもないですぅ。ですが、痛みをデフォルト、という点は証明が可能ですよ」
 パチン、と指を鳴らすウェルス。何が起こるのかと見渡す参加者の視線が、ゆっくりと開かれる教会の扉へと注がれた。
「おいおい、まだ試験始まっていないんじゃろう?」
「アナタ、話聞いてたか? 試験を支えるワタシタチのこと、信頼されてないね」
 教会から出てきたのは大柄な男とマフラーを口元に巻いた女性。ウェルスから、男の方はパルス、女性の方はリーだと紹介がある。
「彼らも私同様、このルアリの住人ですぅ。で、二人とも……やってほしいことはわかりますね?」
「フン、仕方ないのう」
 パルスはやれやれと首を振り、そして。
 ――次の瞬間、キリングの目の前にいた。突然目の前に現れたパルスにキリングは体が硬直してしまい、何もできない。
「でらっしゃあああああ!!」
「ぐふぅぅ!?」
 そのまま、おそろしくきれいなアッパーがキリングの鳩尾 (みぞおち )に入る。キリングが悶絶して倒れるより早く、リーが手をかざす。
「さて……“飛んでいく蝶” (バタフライ・エフェクト )
 手が向けられる先にはキリング。するとキリングの体からうっすらと赤い蝶が飛んでいく。蝶が飛んでいくのに合わせ、キリングの顔が痛みによる苦悶から驚愕へと変わっていった。
「痛みが……消えタ……?」
「そう。ワタシの力、もともと“現実逃避”ね。今の、痛みという現実を外に逃がしただけ。自動にしとくから、どんな痛み来ても消えるよ。遠慮なく殴り合ういいね」
 たいしたことない、というようにリーは肩をすくめて見せる。
 ウェルスは二人の間で、どうだとばかりに胸を張って見せた。
「先輩のスキルが、試験をサポートしてくれるですぅ。さぁ、さっそく一次試験を始めるですぅ!」
 そして、始まる。
 現実から脱却するための試験が。


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