仲間
インディヴィデュアリズム
目が覚めると、俺はいらない場所にいた。ただ、真っ白で何もない。俺が立っているはずの床も、地面も何処だか分からない。ただ、本当にずっと真っ白なだけだ。まるで、砂漠に一人、取り残されたような気分だ。
俺が取り落とした剣は、何処にもなかった。どういうことなのかさっぱり分からなかった。きっと、これは夢、明晰夢なんだろう。
「こんにちは」
後ろから声がした。落ち着いてゆったりとした、男の声だ。
俺が振り向くと、やはり男がいた。プラチナブロンドの髪に陶器のような白い肌、海のように深い碧い眼。妖精のようにとがった耳、ギリシャ時代のような服に、月桂樹の冠。ギリシャ神話から抜け出してきた、神のような、男がそこにいた。
「君が、ユータだね」
男はそう聞いてきた。俺は首を振るだけの返事をした。
「君は選ばれし者だ」
男はゆっくりと話始める。なんだか、変な話をし始めたな、と俺は他人事のように思っていた。
「君が先程手にした剣、あれは一部の者にしか扱えない魔剣だ。君は初めてだというのに、今までにないくらい上手くあの剣を扱った」
「今、此の世界は滅亡の危機に瀕している。これを救えるのは、世界に君しかいない」
「どういうことか、分かるだろう」
まるでくだらないゲームのような、話だ。正直俺は行きたくない。しかし、俺には断れない。今は剣がないから力もないし、どうせ行く宛もない。それ以上に、彼からでる断らせないオーラが、俺の口にチャックをかけた。
「行ってくれるね」
有無を言わせぬその言葉に、俺はうなずくしかなかった。
「そうか、では今君のいる場所から東に向かいなさい。次の町で、君を助けてくれる人に遭えるだろう」
男はそう言うと、俺が何か言う前に消えていった。本当はもっと、聞きたいことがあるのだが仕方ない。彼が消えてしまった以上、彼の居場所を知らない俺が追う事などできない。
俺は再び目を覚ます。今度は土の上に寝ていた。剣は、俺の隣にあった。
俺は立ち上がり、土埃を払って剣を拾った。さっきより軽くなっている気がした。
焦げ臭かった。家も人も化け物もすべて焼き尽くされて何もない、ただの焼野原だ。全部俺がやったんだなと思うと、恐ろしくて気持ち悪くて不気味で、だがなんともいえぬ達成感があって、なぜだが凄く嬉しかった。
東に向かえ、と言われたからとりあえず太陽を見て方角を確かめて、俺は歩き始めた。道はなかった。
剣は持ち歩くしかなかった。引きずるのも嫌だし、担ぎたくもない。大きすぎて腰にはさせないし、そもそも鞘がない。
何日かかるのかも分からないのに、俺はよくやってるなと感心した。まるで、他人事だ。
俺には我がないのかもしれない。主張するほどの自分がないのかもしれない。だが、これがきっと俺が俺を守る方法なのだ。俺にはそうするしかなかった。だから、俺は流されるだけ。
しばらくは焼野原だった。炎は、こんなに遠くまで焼いた。もし味方ができても、もしかしたら焼き殺してしまうかもしれない。俺に仲間なんて、いらない。
もし仲間ができるなら、俺に剣の扱いを教えてくれる人がいい。あんなにでかい炎をだし、体力を消耗してたんじゃ困る。多勢に無勢いなったとき、敵が残っているのにぶっ倒れてたんじゃ、戦いにならない。もっと、他の扱い方を覚えないと。
太陽がじりじりと焼き付けてきて、痛い。腹も減った。
体が軽いとはいえ、痛みも筋肉痛も疲れもとれていなかった。この世界では俺は超人で、疲れなんて少し寝れば吹き飛ぶとか、筋肉痛になんかならないほど鍛えてあるとか、そんなことはなかった。あくまで俺は、ただ剣に選ばれただけの、貧弱なチビなのだ。
しばらく行くと、焼野原はなくなり、だだっ広い草原になった。小高い丘になっていた。
丘の頂上まで行くと、ようやく町が見えた。それでもまだ、豆粒のような大きさだ。先は長い、今日中に着くのかは分からない。少なくとも、太陽は傾き始めている。
もう無理だ、と俺は匙の代わりに剣を投げ出した。俺は、その場に座り込む。
俺は、横になった。寝るにはまだ太陽は高いし、俺は眠かったわけではない。でもなんとなく横になった。もう歩くの疲れたとか、何もしたくないとか。このまま、目を閉じたら俺はきっと寝るだろう。起きるのは、夜中だ。
それもいいかもしれない。俺が持っている剣は、魔剣だ。魔剣を持つような奴は、昼間に堂々と人助けをするような人間じゃない。
俺は目を閉じた。疲れもあってか、横になると、眠くなった。
腹が減って目が覚めた。やはり夜になっていた。空は暗く、太陽の代わりに月が昇っていた。
月明かりのおかげか、あたりは思った以上に明るい。俺は体を起こし、月明かりを反射している魔剣を取ると、また歩き始めた。
少し眠ったおかげで、昼間よりは元気だ。腹は減っているが、軽快に歩けた。
坂を転げ落ちないように気を付けながら歩く。前方の町は、家々の明かりでオレンジに輝いているように見える。
こんな時間に行って、宿はあるだろうか。俺は心配になった。なかったらなかったで、野宿をするだけなのだが。
此処は都会とは全然違う。俺のいた世界ともまるで違う。町から少し離れていると、今まででは信じられないくらい真っ暗だし、静かだ。考えられないくらい、星が見える。上を向いて歩くのは危険だが、俺はずっと星を見ている。偶に流れ星が見えた。俺は、なんて小さいんだろうと、なんだか泣きたくなった。
町に着いた。人の手で作られただろう木の門をくぐって中に入る。さっきとは打って変わって、にぎやかだ。
俺はとりあえず宿を見つけようと、近くの建物に入った。木造で、窓には硝子がはめられていない。柔らかな明かりと、男達の笑い声が漏れている。
建物は酒場だったようで、男達が机の上に立ったり踊ったりしながら酒を飲んでいた。音をたてないように入った俺のことなんて、誰も気づいていなかった。
俺は人ごみをかき分けて、カウンターのほうへ向かう。カウンターには、人のよさそうな、親父と同じくらいの年齢の男が立っていた。
「すいません。この町に、宿はありませんか」
俺は、男のそう聞いた。明らかに年上の人に、敬語なしで話しかけられるほど、度胸のあるやつじゃない。
今まで別の方を見て笑っていた男は、俺が声をかけるとようやく俺に気づいたように俺を見た。
「ご注文は?」
男はそう言った。俺の話なんて、まるで聞いていなかった。
無視されてたんだと気付いた瞬間、吐きたくなった。吐くものもないし、無駄に高いプライドが押しとどめたから大丈夫だったが。
俺は、選ばれたのに、無視されるんだ。この世界でも扱いは、大して変わらないのか。俺は、名誉ある仕事に選ばれたのではなく、誰もやりたがらない汚くて面倒くさい仕事に選ばれただけなんだろうか。一瞬のうちに、そんな考えがめぐった。自分の手を、切りたくなった。
なんとか衝動はこらえた、気持ち悪かったが。
「坊主、その年で旅か? どこに行くんだ? それにしても顔色が悪いな。俺が体にいいもん作ってやるからそこらへんに座ってろよ。あっちの隅に空いてる席があるぞ、先客はいるが」
男は矢継ぎ早にそう言うと、俺に背を向けてどこかに行ってしまった。俺は仕方なく、指された席の方に向かった。
一回気持ち悪くなると、全てがおかしく見える。男たちの笑い声、ジョッキがぶつかる音、暖かく照らす照明、料理と酒の匂い。そこにうずくまってしまいたかった。
席には確かに誰かが座っていた。薄汚い麻のマントをかぶっていた。背格好は、男。煙草の匂いがした。反射的に、構えてしまった。
男の横を通り過ぎようとしたときだった。男がガタンと椅子を鳴らし、立ち上がるなり振り向き、俺を見た。フードの影から覗く黒い目が、照明を反射していた。
「俺の背後に立つな」
小さく低い声で男は言った。口から、煙草の煙が漏れる。俺は、咳き込んだ。
「げほっ、すいません。……ごほっ」
俺は、脊椎反射で謝った。人間相手なら何かあったらとりあえず誤って、何もなかったことにしようという姿勢が、しみついている。
「あの、そこの席に座ってもいいですか。他に座るところもなくて」
「そうか、座りに来たのか。誤解して悪かった。座ってもいい」
男はそう言うと席に着いた。俺は剣を壁にかけて、座った。
「顔色が悪いな、大丈夫か? 宿があるなら早めに休みに帰った方がいい。ここの空気は、あまり体にはよくないだろう」
男は机にある酒を一気飲みした。煙草と酒の匂いが混じって、気分は更に落ち込んだ。
男は目だけを動かし、ちらと俺の剣を見た。俺の剣は、魔剣だ。珍しいものなのだろう。見て、魔剣だと気付くかどうかは分からないが。
「その剣は、どうした」
男は低く、切り出した。俺は正直に、経緯を話した。
「そうか、お前が、か。……思ったより貧弱そうなやつだな」
男は、再び酒を飲んだ。腹は立ったが、何も言い返せなかった。
「おう、坊主できだぞ。たんと食え、でさっさと寝にいけ」
カウンターにいた、男がそう言いながら料理も持ってきた。湯気をたて、おいしそうな匂いを漂わせている。
「ありがとうございます」
俺が小さくそう言うと、男は俺の頭に手をポンと乗せて人の波に消えていった。
「お前行く宿はあるのか」
「いえ、ありません」
「やはりな。……今晩は、俺と同じ宿に来い。もう一つくらいなら部屋があるだろう」
「あ、あの、ありがとうございます」
なぜ、彼が俺の宿の世話をしてくれるのか。そんなことは分からなかったが、俺は彼の好意をありがたく受け取ることにした。魔剣のことを見ていたし、多分この人があのギリシャ人の言っていた仲間なのだろう。彼が言いだすのを、待っていることにしようと思う。
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