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超近未来都市大東京における絶望と希望 御神元 羽繕
ああ。なんと言うことだろう。 あなたはひとりごちる。あなたはあなたの通勤途中に道路の真ん中で倒れてしまったというのだ。 なんと嘆かわしいことだろう。 あなたが心臓発作だなんて。 考え 真っ白な空間に立ちすくむ。 ここは天国か、はたまた地獄か。 あなたは途方も無く呟いてみる。聞く者は誰もいない。死ぬにはまだ若すぎやしないか、などという言葉はきっと神様の耳には届くまい。成績は中の上。運もまあまあいいほうだろう。そんなあなたがどうしてこんなことになってしまったのか。 あなたは唐突に思う。 死んだ方がよかったということだろうか。 周りには何も無い。 天使の言葉 あなたは頭上に声を聞く。 「死んだ方が良かった、だなんて。あんまりな考え方だわ」 光が射す。背には羽。あれが噂の天使らしい。あなたの前にふわりと舞い降りた。あなたは、心臓発作なら仕方が無いと弁明するも、 「あなたは幸運な星の生まれなのよ。まあそれなりに。倒れた場所だって首都大東京じゃない。それに」 きっと誰かがあなたを見つけてくれるわ。 天使は歌うように言った。 「まだあなたは死んでいないのよ。だから生死の境にいる。ここはそういう境界の場所」 気付くと白い空間に大きな扉が現れた。木製の扉。金属のノブ。 「あなたが生きることを望む限り。希望を持ち続ける限り。あなたはきっと生きて大東京に戻れるわ」 天使はその扉をゆっくり開いた。 扉の奥は打って変わって真っ暗である。とうとうと闇をたたえている。あなたはそれを覗き込もうとする。扉の向こうには何があるのか。背中に衝撃。 「いってらっしゃい」 天使の意地悪そうな声が聞こえる。背中を蹴飛ばされたらしい。あなたは背中の痛みにかまう暇もなく、扉に吸い込まれて行く。 『セイギノカタチ』 扉を開けると街だった。 空は曇天。雨だったのだろう。あなたは右足を水たまりに踏み込んでしまう。 血溜まりだった。 急いで足を引っ込める。耳をつんざく阿鼻叫喚。あなたの周りは地獄絵図。 何が希望か、あなたは思わず呟いた。天使は生きる希望がどうとか言ってなかっただろうか。急いで踵を返す。扉を探しに行かなければ。 血の足跡を作ってあなたは道路を駆けて行く。血さえとんでいなければ、あなたの町では見たことの無いほどきれいな大通り。走りやすいのが幸いだった。舗装された道には戦車がある。裏路地へ飛び込む。時にあなたに向かって救済を求める声がする。もちろんあなたは振り向かない。天を仰いで雨を祈るばかりである。ああ、雨よ。どうかこの血を流してくれよ、と。 裏路地は行き止まり。大きな扉があった。あれだ。 あなたが扉に飛び込む直前。大通りから声がした。 「見たか。悪人ばらよ。我らが正義の鉄槌を」 『世界の定理』 扉を開けると豪邸だった。 「客人。よくぞ来られた」 貴族と思しき男があなたと握手。 「ようこそ。待っていたんですよ」 貴族は微笑む。あなたは客間に通される。 大きな机。大きな皿。大きな料理。 料理に舌鼓をうつあなた。屋敷の主人は玄関扉を開いて言った。 「散歩に行きましょう。この世界を案内します」 ぬかるんだ地面。町は集村というべきか。ぽつりぽつりと家が見える。小汚い小屋。犬があなたの後ろをついてくる。子供が建物の後ろからあなたの様子を見つめている。刺さるような視線。 あなたは主人に目配せする。実に居心地が悪いと伝えようと。男は察した。あなたの肩を叩く。 「何を恥じているのか。安心したまえ。あなたは選ばれた人間なのだから」 『ケアレスミス』 扉を開けると宮殿だった 「客人。よくぞ来られた」 貴族と思しき人間が笑顔で握手。 「じきに王子の戴冠式が始まるのですよ。さ。早く」 男は王のおつきの者だろう。王の従者はあなたの手を取って小気味好く廊下を駆けていく。 話を聞くと王は先日急死したらしい。 「権力を専らにする困った王でした」 それ故に政敵を恐れ、人を疑う性格だったらしい。まさか、毒殺、とあなたは尋ねる。従者は首を横に振った。 「いいえ。毒には備えておりました」 なんでも、毎晩毎晩微量の毒を自ら接種していたとか。毒から耐性つけようと考えていたのだろう。 「若いのですが、急死でした」 王間を通り抜けた。戴冠式の執り行われる宮殿まではまだ距離がある。あなたは王の死因を聞きだした。 「分量を間違われました」 『大きな冠』 扉を開けると宮殿だった。 「あちらです。王子の戴冠式はあちらです」 と従者。あの扉は単に宮殿の扉だったのである。あまりに大きいので間違えてしまう。 中途大きな広間。冠が転がっていた。直径は五メートルほどもあろうか。宝石で飾られた冠。その先端には紐。 「この国では先代よりも、より大きな冠を授かる規則です」 あの冠は何か、とあなたは思わず尋ねてしまう。すると男は、ああ、と説明しだす。 「あれは先先代の冠、つまり王子の祖父ですね。頭上に落下。即死でした。昨日の出来事です」 二の句のつげないあなたをよそに男は宮殿を指さした。 「あれですよ。戴冠式の行われる建物は」 そこには冠を模した建物があった。 『ジュール』 扉を開けると灼熱の丘だった。 緑はしおれ、水は涸れている。 「しゃべるのも億劫なくらい暑いでしょう」 背後から声。女がスパナを振るっていた。 「この世界の気候はいつもこんな状態よ」 女はあなたの前で作業の手を休めずに言う。何を作っているのか。あなたが尋ねると 「この世界を冷やす機械よ。センプウキと名付けたわ」 今手がけているのはもう何百台目だろうか。まだまだ増産予定だと言う。四枚の大きな羽が高速で回ることで風を生み出す機械である。あなたも動かなくなった小型のそれを路傍で見かけたことがあるだろう。小高い岡の上にまばらに設置されている。あなたは興味が湧いてくる。すこしセンプウキとやらを見に行こう。 すこし歩くとすぐ着いた。大きさはあなたよりもずっと大きい。十メートルくらいだろうか。あるいはもっと。近づくことはままならない。 ひどい熱量だ。 あなたは思わず呟いた。 『無駄』 扉を開けると壮大な自然だった。 緑の芝が生い茂る。天高き青い空。 壮大な光景を前にあなたは目がくらむ。驚きを隠せないほど美しい景色。 後方から足音。あなたは思わず物陰に隠れてしまった。背後には大きな家がある。その家主だろう。落ち着いて周りを見てみる。ここは開けた場所に建てられた一軒家のガレージのようだ。足音の主は二人だった。 「空を飛ぶ車を作ろうなんて。どだい無理な話だね」 車。あなたはそれを思い浮かべる。四輪駆動のもの。車輪の回転によって道を猛烈な速度で駆けるあれである。あれが飛ぶなんて。確かに、飛行しそうにない。あなたは一人物陰で頷いている。 しかしもう一人は反論した。 「可能だよ。いつか必ず夢を叶えてみせる」 その男はおもむろに歩き出す。 「車みたいな大きいのはいきなり無理かもしれない。だから」 男はゆっくりとした口調で話す。もう一息ついて 「それに近いものを浮遊させることに成功したよ」 と大声をあげた。さすがに一方の男は驚愕した。 「似たようなものを浮かせた、だって。一体、何。空飛ぶ電車か。自転車か。バイクか。それとも」 発明家の男は、まあまあ、とのんびり制した。 「何を浮かせたかって。結論を焦ることはない」 その男は鼻をうごめかし胸を張って部屋の片隅にある機械を指差して言った。 「芝刈り機」 立ち位置 扉を開けると、もとの場所だった。 「どうだったかしら」 天使が隣で微笑んでいる。 あなたは、さんざんだった旨を天使に告げる。 「そうでしょう。まったく、絶望したくなるほどの世界だったでしょう」 天使は薄く笑いを顔にたたえながら話している。 「本当は絶望するべき状況でしょう。あなたの見てきた世界は。それでも、どうかしら。皆、希望を持って生きているでしょう」 白い羽が小さく揺れた。 「いいえ、希望を持っていられるから、生きていけるのよ」 何も無い空間。天使と二人。あなたは天使に尋ねる。どうしていろんな世界を見せたのか、と。 「あなたに希望を持ってほしかったからよ」 天使は笑いを崩さず答えた。あなたの予想していた通りの答えである。しかし天使は予想外の答えをさらに付け加えた。 「下があると知ると、まだあなたの世界はましでしょう」 さようなら 「さて。いろんな世界をまわったあなた。希望を持って生きてくれると約束してくれるかしら」 天使はあなたに微笑みかける。あなたは力強く頷いた。もちろんです、と。生き返ることができるなら、こんなときは嘘も辞さない。心のうちは秘密である。天使は知ってか知らずか 「ああ。よかった」 と花の咲くような笑みをこぼした。 天使はあなたの視界から一歩はずれる。あなたは扉を捉えた。鉄製の銀の扉である。どこか暖かいものを感じる、光溢れる生の世界へ通じる扉。 「それでは。さようなら。決してまた会うことのないように」 天使はゆっくりと扉を開ける。 まばゆい光につつまれる。 大東京にて あなたは立ち上がる。見慣れた通勤路。帰ってきたのだ。いや、生き返ったのだ、と言うべきか。とにもかくにも、あなたは生きて大東京の土地に立つ。 「おはよう」 声が聞こえた。会社の同僚だ。あなたも挨拶を返す。 「つまずいたのか」 とあなたの同僚は尋ねた。あなたは否定しかけるが、本当のことは言えない。一度死んでいたなんて。あなたはとりあえず頷くことにした。 「そうか。気をつけろよ」 同僚は歩きかける。その道をかき分けながら。あなたも同僚の作る道を歩いて行く。 「しかし、どうにかならぬのか。この道は。このゴミどもは」 同僚はぶつぶつとこぼしている。歩くたびにつまずきそうになっている。あなたはため息をつきながら、最近琵琶湖も埋もれたらしいと同僚に告げる。同僚もため息で返事をした。 生きている限り、希望がある。 あなたは小さく相手に告げた。が、その声は届かなかったらしい。空気に溶けて掻き消えた。 あとがき 電子の海からこんにちは。久しぶりのウェブじっぽのようですね。ウェブでははじめまして。知っているという珍しい方にはこんにちは。いや、それとも久しぶりでしょうか。御神元 羽繕と書いて、ゴミモト ウゼンと読ませます。 ウェブに載っけるにあたって小説を考えてみましたが、実に私らしいお話になりました。部屋はテスト前日に掃除すると異常にはかどります。 |